大日本帝国海軍・海戦の歴史

海戦

真珠湾攻撃

ハワイオアフ島真珠湾にあるアメリカ海軍太平洋艦隊の基地を日本海軍が航空母艦の艦載機、特殊潜航艇甲標的を用いて攻撃。

アメリカ海軍は戦艦4隻沈没、戦艦1隻中破、戦艦3隻小破、軽巡洋艦2隻大破、軽巡洋艦1隻小破、駆逐艦2隻大破、駆逐艦1隻中破と大きな被害を受けた。

海戦

ウェーク島の戦い

大日本帝国海軍によるアメリカ合衆国領ウェーク島攻略戦。21日から始まる第二次攻略戦には航空母艦「飛龍」「蒼龍」が参加。ウェーク島を空襲した。

日本は駆逐艦「疾風」「如月」を失ったが、12月23日にウェーク島を占領した。

- 23日
海戦

マレー沖海戦

マレー半島東方沖で日本海軍の航空部隊とイギリス海軍の東洋艦隊の間で行われた戦闘。イギリスは戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」、巡洋戦艦「レパルス」を失う。

イギリスは王太子の称号を冠した最新鋭戦艦を失うと同時に1840年のアヘン戦争以来誇っていたアジアでの絶大な支配力を失った。

海戦

バリクパパン沖海戦

ボルネオ島バリクパパン上陸作戦を軽巡洋艦「那珂」を旗艦とする第4水雷戦隊が護衛するが、オランダ潜水艦「K-18」の雷撃、オランダ軍のB-10爆撃機の空襲で輸送船2隻を失う。

また、続くアメリカ海軍の第59駆逐隊「ジョン・D・フォード」「ポープ」「パロット」「ポール・ジョーンズ」の攻撃によって輸送船3隻、哨戒艇1隻を失った。アメリカ海軍の損害は「ジョン・D・フォード」の小破のみ。

海戦

エンドウ沖海戦

マレー半島南部エンドウ沖で行われた海戦。日本の輸送船団を攻撃したイギリス海軍の駆逐艦「サネット」と王立オーストラリア海軍の駆逐艦「ヴァンパイア」を軽巡洋艦「川内」率いる第3水雷戦隊が迎撃。

イギリスは駆逐艦「サネット」を失った。

海戦

ジャワ沖海戦

大日本帝国軍の上陸船団攻撃に出撃した連合軍艦隊を日本海軍第11航空艦隊の一式陸攻36機、九六式陸攻24機が攻撃。

連合軍は軽巡洋艦「マーブルヘッド」「デ・ロイテル」が小破した為、撤退した。

海戦

オーストラリア空襲

大日本帝国による連合国オーストラリア本土への空襲。航空母艦「赤城」「加賀」「飛龍」「蒼龍」は王立オーストラリア海軍の主要基地だったポート・ダーウィンに甚大な被害を与えた。

海戦

ニューギニア沖海戦

大日本帝国海軍が1月23日に上陸・占領したラバウルをアメリカ海軍の空母「レキシントン」を基幹とした機動部隊が奇襲。

哨戒中の九七式飛行艇が米機動部隊を発見し、ラバウルの第24航空戦隊の一式陸上攻撃機17機が出撃。零戦の護衛が無かった為、F4Fワイルドキャットの迎撃と対空砲火で13機を失った。しかし、アメリカ海軍は奇襲が失敗に終わり撤退した。

海戦

バリ島沖海戦

オランダ海軍のカレル・ドールマン少将率いる連合軍艦隊が日本のバリ島攻略船団を攻撃。戦力敵に上回る連合軍艦隊を日本の第八駆逐隊が撃退した。

日本は「満潮」が大破、「大潮」が大破、連合軍は駆逐艦「ピートハイン」が沈没、軽巡洋艦「トロンプ」が中破、駆逐艦「スチュワート」が小破した。

海戦

エルウッド製油所砲撃作戦

伊17がカリフォルニア州サンタバーバラ沖から14cm砲を用いてエルウッド石油製油所を砲撃。大日本帝国海軍によるアメリカ本土攻撃はアメリカ政府、アメリカ国民に大きな動揺を与えた。

結果、2月25日に日本の航空機による空襲を受けたと勘違いしたアメリカ陸軍が迎撃戦を展開する「ロサンゼルスの戦い」が発生する。

防空レーダーが飛行物体の飛来を感知。時速320kmで移動する飛行物体に対して1430発の高射砲を発射。カーチスP-40戦闘機が迎撃。20分に渡って目撃された飛行物体はどこかに消えた。対空砲火の破片に当たったり、日本軍機襲来に驚いて心臓麻痺を起こすなど計6人が死亡した。

海戦

スラバヤ沖海戦

インドネシアのスラバヤ沖で行われた大日本帝国海軍とアメリカ・イギリス・オランダ・オーストラリアの各国で構成した連合軍ABDA艦隊による海戦。日本は資源地帯のオランダ領インドネシア占領を目指していた。

連合軍は重巡洋艦「エクセター」、軽巡洋艦「デ・ロイテル」「ジャワ」、駆逐艦「コルテノール」「エレクトラ」「ジュピター」「エンカウンター」「ポープ」を失う。

- 3月1日
海戦

バタビア沖海戦

ジャワ島のバタビア(ジャカルタ)沖で行われた大日本帝国海軍とスラバヤ沖海戦で敗れた残存艦隊による海戦。日本の輸送船団を攻撃していた残存艦隊を第3護衛隊、西方支援隊が迎撃した。

連合軍は重巡洋艦「ヒューストン」、軽巡洋艦「パース」、駆逐艦「エヴェルトセン」を失う。

- 3月1日
海戦

チラチャップ沖海戦

重巡洋艦「高雄」「愛宕」「摩耶」、駆逐艦「野分」「嵐」による通商破壊作戦。

商船の拿捕・撃沈に加えてイギリス海軍の駆逐艦「ストロングホールド」、アメリカ海軍の駆逐艦「ピルスバリー」、砲艦「アッシュビル」、王立オーストラリア海軍の護衛艦「ヤラ」を撃沈している。

海戦

クリスマス島の戦い

 大日本帝国海軍によるイギリスの植民地クリスマス島攻略作戦。軽巡洋艦「那珂」「名取」「長良」ほか駆逐艦8隻が攻略部隊となったが、クリスマス島では「イギリスの支配から解放する」という日本の呼びかけに応じてインド人兵士が反乱。

 インド人兵士がイギリス軍指揮官を殺害した為、抵抗を受けることなく占領できた。しかし、米潜水艦「シーウルフ」の雷撃を受けて「那珂」が航行不能となっている。

- 4月1日
海戦

セイロン沖海戦

インド洋のセイロン島沖で行われた第一航空艦隊、第一南遣艦隊とイギリス海軍の東洋艦隊による海戦。

東洋艦隊は旗艦「プリンス・オブ・ウェールズ」を失っていたが本国艦隊からの増援を受けて戦艦5隻、空母3隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦15隻の大艦隊となっていた。

イギリスは軽空母「ハーミーズ」、重巡「コーンウォール」「ドーセットシャー」、駆逐艦「ヴァンパイア」「テネドス」を失う。

- 4月9日
海戦

ドーリットル空襲

大日本帝国海軍のエルウッド製油所砲撃作戦によって、本土への先制攻撃を受けたアメリカは東京への空襲計画を立案。

航続距離の長いアメリカ陸軍の双発中型爆撃機B-25を空母「ホーネット」から発進させ、東京を爆撃し、同盟国の中華民国に着陸させる「ドーリットル空襲」を実行した。ドーリットルは指揮官の名前。

海戦

マダガスカルの戦い(アイアンクラッド作戦)

フランスの植民地だったアフリカ大陸南東マダガスカル島で行われたヴィシー・フランス軍&大日本帝国海軍とイギリス軍&イギリス連邦・南アフリカ連邦軍、南ローデシア軍の戦い。

連合軍が仏領マダガスカル島ディエゴ・スアレス攻略作戦「アイアンクラッド作戦」を発動。要請を受けた大日本帝国海軍の潜水艦「伊10」「伊16」「伊20」がイギリス軍の油槽船「ブリティッシュ・ロイヤルティ」を撃沈。戦艦「ラミリーズ」に損傷を与えた。

- 11月6日
海戦

珊瑚海海戦

ポートモレスビー攻略を目指す大日本帝国海軍とアメリカ海軍・王立オーストラリア海軍による海戦。

歴史上初の航空母艦同士の海戦。日本は軽空母「祥鳳」を失い、連合軍は航空母艦「レキシントン」、油槽船「ネオショー」、駆逐艦「シムス」を失う。

また、この戦いで「翔鶴」が大破。呉に寄港して修理することになった。

海戦

ダッチハーバー空襲(AL作戦)

ミッドウェー作戦の陽動の為、アリューシャン列島ウナラスカ島ダッチハーバーにあるのアメリカ海軍基地を航空母艦「龍驤」「隼鷹」の艦載機が攻撃した。

ダッチハーバー空襲は成功したが、肝心のミッドウェー作戦の陽動には失敗した。また、2日目の空襲で「龍驤」零戦隊の古賀忠義一飛曹機が被弾。アクタン島に不時着している。

- 4日
海戦

ミッドウェー海戦

ミッドウェー島攻略を目指す大日本帝国海軍とアメリカ海軍による海戦。

日本は「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」の航空母艦4隻、重巡洋艦「三隈」を失い、アメリカは航空母艦「ヨークタウン」、駆逐艦「ハンマン」を失う。

真珠湾攻撃で戦艦4隻、オーストラリア空襲、セイロン沖海戦で航空母艦1隻を沈め、敵航空機に至っては471機を撃墜と連戦連勝していた世界最強の空母機動部隊「南雲機動部隊」を一挙に失い、太平洋戦争の転換点になったと言われている。

- 6月7日
海戦

キスカ島・アッツ島占領(AL作戦)

ダッチハーバー空襲の2日後の6月6日にアッツ島、7日にキスカ島を占領した。アメリカは第二次世界大戦で初めて自国の領土を失った。

アッツ島攻略には第一水雷戦隊と大日本帝国陸軍北海支隊、キスカ島攻略には第二一戦隊、第二二戦隊、第十三駆潜隊と大日本帝国海軍舞鶴第三陸戦隊があたった。

- 7日
海戦

ガダルカナル島の戦い

7月6日に大日本帝国海軍の設営隊が上陸。翌8月5日にガダルカナル陸上飛行基地の滑走路の第1期工事が完了したが、8月7日にアメリカ海軍の第1海兵師団上陸して占領。8月12日にヘンダーソン飛行場とした。

以降、大日本帝国陸軍による2度の総攻撃、海軍による第一次ソロモン海戦、第二次ソロモン海戦、サボ島沖海戦、ヘンダーソン基地艦砲射撃、南太平洋海戦、第三次ソロモン海戦、ルンガ沖夜戦、レンネル島沖海戦、ケ号作戦の舞台となった。

- 1943年2月7日
海戦

第一次ソロモン海戦

ソロモン諸島サボ島沖で行われた大日本帝国海軍と連合国軍による海戦。鳥海を旗艦とする第八艦隊が自軍を上回る部隊が待つ敵泊地へ突入、連合国軍は重巡洋艦「キャンベラ」「ヴィンセンス」「クインシー」「アストリア」、駆逐艦「ジャービス」を失った。

しかし、夜戦を終えて味方の制空圏にまで離脱し、速力を落とした所を米潜水艦「S44」に雷撃され、重巡洋艦「加古」を失っている。

- 9日
海戦

第二次ソロモン海戦

ソロモン諸島の北で戦われた日本軍とアメリカ軍による海戦。ガダルカナル島を奪回支援を行う第二艦隊、第三艦隊が空母3隻を主力とするF・J・フレッチャー中将率いる第61任務部隊と会敵。

日本は軽空母「龍驤」を失う。アメリカ海軍の被害は空母「エンタープライズ」中破に終わった。

海戦

ラビの戦い

東部ニューギニアのミルン湾ラビで行われた大日本帝国海軍陸戦隊とオーストラリア・アメリカ連合軍による戦闘。

ミルン湾沿岸のラビには第8艦隊司令部が推定していた以上の連合軍がおり敗退した。また、日本は駆逐艦「弥生」を失った。

- 9月6日
海戦

アメリカ本土空襲

9月9日に「伊25」が焼夷弾2発を搭載できるよう改造した零式小型水上偵察機を用いてオレゴン州ブルッキングス近郊の森林部を空襲した。

9月29日にはオレゴン州オーフォード近郊の森林部を空襲した。アメリカ国民は本土空襲に怯え、大都市には空襲に備えたシェルターや防空壕が設置されるようになった。

戦後、零式小型水上偵察機のパイロットだった藤田信雄飛行兵曹長はオレゴン州ブルッキングス市から「歴史上唯一アメリカ本土を空襲した敵軍の英雄」として歓迎を受け、名誉市民の称号を贈られている。

- 29日
海戦

サボ島沖海戦

ソロモン諸島サボ島沖で行われた大日本帝国海軍とアメリカ海軍による海戦。ヘンダーソン飛行場の砲撃に向かう重巡洋艦「青葉」を旗艦とする第六戦隊がアメリカ艦隊を味方と誤認。

アメリカ側もT字戦法を維持しようと回頭しようとした際に隊列が乱れ、駆逐艦「ダンカン」「ファレンホルト」が味方の砲撃を受ける形となった。日本は重巡洋艦「古鷹」、駆逐艦「吹雪」を失い、アメリカは駆逐艦「ダンカン」を失った。

また、第六戦隊救援に向かった駆逐艦「叢雲」が敵航空機の攻撃を受けて航行不能(後に雷撃処分)、その救援に向かった「夏雲」も航空機の攻撃を受けて沈没した。

海戦

ヘンダーソン基地艦砲射撃

ガダルカナル島のアメリカ軍飛行場ヘンダーソン基地に対して戦艦「金剛」「榛名」が三式弾、零式弾、一式弾、計966発を用いた艦砲射撃を行う。

ヘンダーソン飛行場は火の海と化したが、攻撃の少し前に完成していた第2飛行場の存在によって米航空隊は日本のガダルカナル島上陸部隊への攻撃を継続できた。基地射撃には成功したが目的(上陸部隊への攻撃阻止)は果たせなかった。

海戦

南太平洋海戦

ソロモン諸島サンタ・クルーズ諸島沖で新生第一航空戦隊「翔鶴」「瑞鶴」「瑞鳳」擁する南雲機動部隊とミッドウェー海戦の仇敵「エンタープライズ」「ホーネット」擁する米空母機動部隊が戦闘。

第二航空戦隊「隼鷹」を加えた航空母艦4隻の艦載機によって「ホーネット」を沈め、 「エンタープライズ」を中破させることに成功。アメリカ海軍は一時的に稼働する空母が無くなった。これを「史上最悪の海軍記念日」と言う。

海戦

第三次ソロモン海戦(第1夜戦)

ソロモン海で行われた大日本帝国海軍とアメリカ海軍による海戦。戦艦「比叡」を旗艦とするガダルカナル島砲撃艦隊はヘンダーソン飛行場砲撃に向け出撃し、ガダルカナルへの輸送船団を護衛するダニエル・キャラハン少将率いる第67任務部隊4群と会敵。

日本は戦艦「比叡」、重巡洋艦「衣笠」、駆逐艦「暁」「夕立」を失い、アメリカは軽巡洋艦「アトランタ」「ジュノー」、駆逐艦「アーロン・ワード」「カッシング」「ラフィー」「バートン」「モンセン」を失う。

海戦

第三次ソロモン海戦(第2夜戦)

ソロモン海で行われた大日本帝国海軍とアメリカ海軍による海戦。戦艦「霧島」によるヘンダーソン飛行場砲撃作戦を実施。日本軍輸送船団撃退を目指すウィリス・A・リー少将率いる第64任務部隊と会敵。

日本は戦艦「霧島」、駆逐艦「綾波」を失い、アメリカは駆逐艦「ウォーク」「プレストン」「ベンハム」を失う。

- 11月15日
海戦

ルンガ沖夜戦

鼠輸送(東京急行)を阻止する為、カールトン・ライト少将率いる第67任務部隊が日本の輸送部隊を攻撃。

揚陸準備に入っていた大日本帝国海軍は奇襲を受けた形となったが、警戒隊の駆逐艦「高波」が集中攻撃を浴びている間に態勢を立て直して雷撃。重巡洋艦「ノーザンプトン」が沈没、重巡洋艦「ミネアポリス」「ニューオリンズ」「ペンサコラ」が大破した。

海戦

レンネル島沖海戦

ソロモン諸島レンネル島沖で発生した大日本帝国海軍航空部隊とアメリカ海軍の艦隊による海戦。

大日本帝国海軍の一式陸攻、九六式陸攻が重巡洋艦「シカゴ」を撃沈、駆逐艦「ラ・ヴァレット」を大破させた。ただ、空母「エンタープライズ」直援機、対空砲火によって陸攻10機を失った。

- 30日
海戦

ガダルカナル島撤退作戦(ケ号作戦)

ヘンダーソン飛行場基地奪回を諦め、ガダルカナル島撤退を決めた日本軍によるガダルカナル島撤退作戦。撤退を隠す為に航空攻撃、輸送が続けられた。この撤退作戦の折に駆逐艦「巻雲」が触雷。航行不能となりて処分された。

アメリカ軍は日本軍が戦力を増援していると考えて阻止に動き、撤退作戦が完了した翌日朝になって初めて撤退に気付いた。

- 7日
海戦

ビスマルク海海戦

ビスマルク海からダンピール海峡にかけての海域で連合国軍が日本軍の輸送船団を攻撃した戦い。

日本は輸送船8隻と駆逐艦「白雪」「荒潮」「時津風」「朝潮」を失った。ダンピールの悲劇と呼ぶ。なお、連合軍は新しい爆撃「反跳爆撃(Skip bombing)」を実践している。

- 3日
海戦

ビラ・スタンモーア夜戦

コロンバンガラ島への輸送任務に従事していた駆逐艦2隻とコロンバンガラ島への艦砲射撃を企図したアメリカ海軍の巡洋艦部隊による海戦。

日本は駆逐艦「村雨」「峯雲」を失う。

海戦

アッツ島沖海戦

アッツ島沖で行われた大日本帝国海軍艦隊とアメリカ艦隊の海戦。アメリカ海軍が日本のアリューシャン列島への輸送を阻止する為に艦隊を派遣、輸送船護衛に当たっていた第五艦隊の部隊と会敵する。

日本は重巡洋艦「那智」が小破、アメリカは重巡洋艦「ソルトレイクシティ」ほか駆逐艦2隻が小破した。

海戦

い号作戦

大日本帝国海軍が空母艦載機を陸上基地で大規模に運用し、ガダルカナル島及びミルン湾及びオロ湾在拍方面敵艦船、ポートモレスビー飛行場及びラビ東飛行場を攻撃した。

ソロモン諸島、ニューギニア方面の敵船団、航空兵力の撃破。そして、同地域への輸送を円滑に進めることが目的だった。しかし、61機の航空兵力を失い、空母機動部隊の戦力を大きく低下させる結果となった。

- 4月15日
海戦

海軍甲事件(ヴェンジェンス作戦)

 アメリカ海軍情報局が連合艦隊司令長官山本五十六海軍大将の最前線への視察計画の暗号を解読。山本五十六より優れた司令官がいないこと、時間に通りに行動することから、山本長官殺害を決行した。

 アメリカ軍のP-38戦闘機18機がブーゲンビル上空で山本長官の乗る一式陸上攻撃機1番機、連合艦隊参謀長宇垣纏中将の乗る2番機を撃墜(不時着後に救助)。護衛の零戦6機はP-38戦闘機1機を撃墜して帰投した。

海戦

クラ湾夜戦

コロンバンガラ島とニュージョージア島の間にあるクラ湾で行われた大日本帝国海軍とアメリカ海軍による海戦。

日本は駆逐艦「新月」「長月」を失い、アメリカは軽巡洋艦「ヘレナ」を失う。

- 6日
海戦

コロンバンガラ島沖海戦

ソロモン諸島コロンバンガラ島沖で行われた日本海軍の輸送部隊とアメリカ海軍による海戦。

輸送隊を護衛する第二水雷戦隊と鼠輸送(東京急行)阻止任務を帯びた第36.1任務群が会敵。軽巡洋艦「神通」が探照灯を照射して集中砲撃を受ける中、駆逐艦5隻が魚雷31本を発射して軽巡洋艦「リアンダー」が大破。

二度目の魚雷発射では駆逐艦「グウィン」を撃沈、軽巡洋艦「ホノルル」「セントルイス」が大破。同時に駆逐艦「ブキャナン」と「ウッドワース」が衝突して大破。日本は軽巡洋艦「神通」を失ったが敵を撃退し、輸送作戦は成功した。

- 13日
海戦

キスカ島撤退作戦

 アリューシャン列島キスカ島の守備隊撤収作戦。第一水雷戦隊がアメリカ軍が包囲するキスカ島に濃霧に紛れて突入。無傷で守備隊全員の撤収に成功したことから「奇跡の作戦」と呼ばれる。

 アメリカ軍は8月15日に兵力34,000をもって上陸。同士討ちの為、日本軍がいないにも関わらず死者100名を出しながらキスカ島を奪還した。

海戦

ベラ湾夜戦

コロンバンガラ島への輸送任務に従事していた駆逐艦4隻と「東京急行(鼠輸送)」遮断任務にあたっていたアメリカ海軍の駆逐艦6隻による海戦。日本は駆逐艦「萩風」「嵐」「江風」を失う。

なお、8月2日に駆逐艦「天霧」がアメリカ海軍の魚雷艇「PT-109」と衝突して真っ二つにしているが、その魚雷艇の艦長が後のアメリカ大統領ジョン・F・ケネディだった。ケネディら乗組員は6キロ先の小島に泳ぎ着き、6日後に救助された。

- 7日
海戦

第一次ベララベラ海戦

ソロモン諸島ベラ湾で行われた大日本帝国海軍とアメリカ海軍による海戦。

ベララベラ島に増援を送る輸送部隊と駆逐艦4隻がアメリカ海軍の駆逐艦4隻と会敵。補助艦艇に被害を出したが輸送には成功した。

海戦

第二次ベララベラ海戦

ベララベラ島沖で行われた大日本帝国海軍のベララベラ島撤収部隊とアメリカ海軍による海戦。

伊集院松治大佐率いる第三水雷戦隊とフランク・R・ウォーカー大佐率いる第4駆逐部隊が戦闘。日本は駆逐艦「夕雲」を失い、アメリカは駆逐艦「シャヴァリア」を失った。

- 7日
海戦

ラバウル空襲

連合軍による日本軍の拠点ラバウルへの空襲。10月12日に爆撃機349機による大空襲が行われ、その後も空襲が続いた。

11月2日にはブーゲンビル島沖海戦から帰投したばかりの連合襲撃部隊が被害に遭い、11月5日には新たにラバウルに投入された重巡洋艦7隻を含む遊撃部隊が被害に遭い、11月11日には第二水雷戦隊の駆逐艦「涼波」が沈没した。

- 11月11日
海戦

ろ号作戦

大日本帝国海軍がブーゲンビル島周辺の連合軍上陸船団と艦隊に対して行なった航空攻撃。

敵の進攻を一時的に阻止し、防衛体制強化の時間を稼ぐことが目的だったが、投入した第一航空戦隊の艦載飛行機隊搭乗員の約5割が戦死、艦載機121機を失い、一航戦飛行機隊が事実上壊滅。作戦は失敗に終わった。

- 11月12日
海戦

ブーゲンビル島沖海戦

ブーゲンビル島エンプレス・オーガスタ湾で行われた日本海軍連合襲撃部隊とアメリカ海軍第39任務部隊による海戦。大森仙太郎少将率いる連合襲撃部隊をアーロン・S・メリル少将率いる第39任務部隊が迎撃。

戦闘隊形の複雑さから軽巡洋艦「川内」が駆逐艦「時雨」に急接近して隊列が乱れ、駆逐艦「五月雨」と「白露」が衝突。駆逐艦「初風」も重巡洋艦「妙高」と衝突して艦首を切断。結局、日本は軽巡洋艦「川内」と駆逐艦「初風」を失った。

- 2日
海戦

セント・ジョージ岬沖海戦

ニューアイルランド島セント・ジョージ岬東方海上で行われた大日本帝国海軍の輸送部隊とアメリカ海軍の第23駆逐部隊による海戦。

鼠輸送(東京急行)を察知したアメリカ海軍の第23駆逐部隊が輸送部隊を迎撃。日本は輸送任務についていた駆逐艦「夕霧」、警戒に当たっていた「巻波」「大波」を失った。

- 25日
海戦

トラック島空襲(海軍丁事件)

アメリカ海軍の機動部隊による日本軍の拠点トラック島への空襲。2月4日のアメリカ海軍の偵察を受けて、10日に連合艦隊旗艦の戦艦「武蔵」が日本本土、第二航空戦隊がパラオへ退避した。

しかし、15日に日本へ出港した軽巡洋艦「阿賀野」はトラック沖で米潜水艦「スケート」に雷撃されて沈没。17日の空襲では軽巡洋艦「那珂」、練習巡洋艦「香取」、駆逐艦「追風」「舞風」が沈没。翌18日には「太刀風」「文月」が沈没した。

海戦

マリアナ沖海戦

マリアナ諸島周辺で行われた大日本帝国海軍とアメリカ海軍の空母機動部隊による海戦。マリアナ諸島に侵攻するアメリカ海軍を大日本帝国海軍が迎撃した。

米空母機動部隊は日本空母の第一次攻撃隊をレーダーで早期に探知。万全の態勢で待ち構え、第一次攻撃隊64機のうち41機を撃墜。第二次攻撃隊も128機のうち99機を失い、アメリカから「マリアナの七面鳥撃ち」と揶揄された。

航空母艦「大鳳」が米潜水艦「アルバコア」に雷撃されて損傷。「翔鶴」も米潜水艦「カヴァラ」に雷撃されて沈没。「翔鶴」沈没から間もなく「大鳳」が突如爆発して沈没した。

- 20日
海戦

スカベンジャー作戦

アメリカ海軍機動部隊による小笠原諸島への攻撃作戦。日本は駆逐艦「松」、輸送船9隻を含む艦船12隻を失う。

アメリカ海軍はその後も小笠原諸島を攻撃し続けたが、その際に父島地上砲台の対空砲火を浴びて後のアメリカ大統領ジョージ・H・W・ブッシュの乗機が撃墜されている。ブッシュ少尉は味方に救助された。

- 5日
海戦

台湾沖航空戦

沖縄・台湾・フィリピン北部の航空基地を攻撃したアメリカ海軍の空母機動部隊を大日本帝国海軍の基地航空部隊が迎撃。

アメリカ海軍の重巡洋艦「キャンベラ」、軽巡洋艦「ヒューストン」を大破に追い込むが、日本は航空機312機を失い、対機動部隊戦法の中核と期待された「T攻撃部隊」のほとんどを消耗。レイテ沖海戦へ参加できなくなった。

- 10月16日
海戦

シブヤン海海戦

アメリカ軍の進攻阻止を目的としたレイテ沖海戦の局面の一つ。

シブヤン海に差し掛かった栗田艦隊は米空母「イントレピッド」「ボット」「レキシントン」「エセックス」「フランクリン」「エンタープライズ」艦載機の攻撃を受けて戦艦「武蔵」を失う。

海戦

スリガオ海峡海戦

アメリカ軍の進攻阻止を目的としたレイテ沖海戦の局面の一つ。

レイテ湾に突入しようとした西村艦隊は戦艦「山城」「扶桑」、重巡洋艦「最上」、駆逐艦「山雲」「満潮」「朝雲」を失い、駆逐艦「時雨」を残して壊滅した。

海戦

エンガノ岬沖海戦

レイテ沖海戦の局面の一つ。栗田艦隊、西村艦隊、志摩艦隊のレイテ突入を支援する為、100機程度の航空戦力しか持たない小沢機動部隊がアメリカ海軍機動部隊を釣り出す囮として出撃。

第三航空戦隊の全ての航空母艦「千歳」「千代田」「瑞鶴」「瑞鳳」、軽巡洋艦「多摩」、駆逐艦「秋月」「初月」を失う。

海戦

サマール沖海戦

アメリカ軍の進攻阻止を目的としたレイテ沖海戦の局面の一つ。

レイテ湾を目指していた栗田艦隊はサマール島沖で米護衛空母群タフィ3と遭遇。日本は重巡洋艦「鳥海」「鈴谷」「筑摩」を失い、アメリカは護衛空母「ガンビア・ベイ」、駆逐艦「ジョンストン」「ホーエル」「サミュエル・B・ロバーツ 」を失った。

海戦

ミンドロ島沖海戦(礼号作戦)

大日本帝国海軍によるフィリピン・ミンドロ島のアメリカ軍への攻撃。第二水雷戦隊司令官の木村昌福少将率いる挺身部隊がミンドロ島に突入した。旗艦は駆逐艦「霞」。

米航空機の攻撃で駆逐艦「清霜」が沈没。敵上陸地点沖合にいた輸送船4隻、物資集積所に砲撃を加え、仏領インドシナのカムラン湾へ帰投した。太平洋戦線における大日本帝国海軍の組織的戦闘における最後の勝利と言われている。

海戦

坊ノ岬沖海戦

沖縄への水上特攻に向かう伊藤整一中将率いる第一遊撃部隊をマーク・ミッチャー中将率いる第58機動部隊の空母艦載機が迎撃。

第一遊撃部隊は戦艦「大和」、軽巡洋艦「矢矧」、駆逐艦「磯風」「浜風」「朝霜」「霞」を失う。帰還できたのは駆逐艦「冬月」「涼月」「雪風」「初霜」の4隻。

海戦

ペナン沖海戦

マラッカ海峡ペナン島沖で行われた日本海軍とイギリス海軍の海戦。第二次世界大戦最後の水上戦闘。

サマール沖海戦の際に2番砲塔を損傷、スクリューシャフトを損傷して速力が低下、さらに一部武装を撤去して物資を載せていた重巡洋艦「羽黒」及び駆逐艦「神風」をイギリスの第26駆逐隊が攻撃。「羽黒」は沈没した。

海戦

呉軍港空襲

連合国軍空母機動部隊航空隊、沖縄のアメリカ陸軍航空軍による呉軍港空襲。

日本は駆逐艦「梨」、潜水艦「伊404」を失い、戦艦「榛名」「伊勢」「日向」、重巡洋艦「青葉」「利根」が大破着底。航空母艦「天城」、軽巡洋艦「大淀」が転覆した。

- 7月28日

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