大日本帝国海軍タイムライン(建造タイムライン)

戦艦

金剛

大英帝国の進んだ建艦技術を学ぶべく建造を依頼した超弩級巡洋戦艦。大英帝国の34.3cm砲より大きい世界最大の35.6cm砲を持つ世界最強の巡洋戦艦となった。

大英帝国が1920年に建造する巡洋戦艦フッドまでは世界一を誇った。日本主力艦最後のイギリス製。

戦艦

比叡

金剛型巡洋戦艦2番艦。「金剛」の建造上の技術は逐一、日本に伝えられ、横須賀海軍工廠で「金剛」から10ヶ月遅れで起工した。

ロンドン海軍軍縮条約の折には一時的に武装や装甲を撤去して練習戦艦に変更。練習戦艦となったことでスケジュールが組みやすく昭和天皇の御召艦としても活躍した。太平洋戦争で最初に沈没した戦艦となった。

戦艦

榛名

金剛型巡洋戦艦3番艦。主力艦としては初の民間造船所製。

英ヴィッカース社製ではなく国産の35.6cm砲を持つ。姉妹艦の「金剛」はヴィッカース社製。「比叡」は主砲等の部品をヴィッカース社から輸入して作られている。

戦艦

霧島

金剛型巡洋戦艦4番艦。「榛名」に1日遅れて起工するも同じ1915年04月19日に就役した。「榛名」と共に初の民間造船所製戦艦となる。

戦艦

扶桑

世界最大・最強の純国産超弩級戦艦。弩級戦艦河内型を元に「金剛型」の最新設計を導入して建造した。ただし、生まれながら重大な欠陥を持つ失敗作となった。

一斉射撃をすれば全艦が猛烈な爆風に包まれ上部構造物に障害をもたらし、全長の50%を弾薬庫等の被弾危険箇所が占め、速力も22.5ノットと遅かった。

戦艦

山城

「扶桑」建造中に見付かった問題の修正が試みられた扶桑型2番艦。第一次近代化改装、第二次近代化改装を経て、1935年にはバルジを装着、水平防御甲板も強化、最大速力も24.5ノットとなったが、結局、第一級の戦艦にはなれなかった。

設備を増設していった結果、独特の多層式櫓檣楼を持つ。「山城」の艦橋の頂上は水面から50メートル以上と日本戦艦中最高となっている。

戦艦

伊勢

扶桑型3番艦になるはずだった伊勢型1番艦。重大な欠陥が見付かった扶桑型を再設計した超弩級戦艦。

戦艦

日向

伊勢型戦艦2番艦。

軽巡洋艦

龍田

天龍型軽巡洋艦2番艦。1番艦の天龍よりも早く就役した。

軽巡洋艦

天龍

天龍型軽巡洋艦1番艦。イギリス海軍のC級軽巡洋艦を参考にして設計した3,500トン型軽巡洋艦。

特務艦艇

工作艦「関東」

元々はロシア汽船「マンチュリア」。1904年02月07日に旅順港で座礁していた所を日本軍が鹵獲。

1906年3月23日に工作船、1920年4月1日に工作艦とする。

駆逐艦

峯風型駆逐艦

八八艦隊計画に基づいて15隻建造した大型駆逐艦。39ノットの高速を発揮。4番艦の「島風(初代)」は当時の大日本帝国海軍最速記録となる速力40.7ノットを記録した。

太平洋戦争時は「島風(初代)」「灘風」が哨戒艇に艦種変更、「矢風」が標的艦、後に特務艦に艦種変更しているが、他の艦は駆逐艦として活躍した。

  • 1920年05月29日:峯風(未実装)
  • 1920年03月16日:澤風(未実装)
  • 1920年08月17日:沖風(未実装)
  • 1920年11月15日:島風(初代・未実装)→哨戒艇
  • 1921年09月30日:灘風(未実装)→哨戒艇
  • 1920年07月19日:矢風(未実装)→標的艦
  • 1920年09月16日:羽風(未実装)
  • 1921年07月29日:汐風(未実装)
  • 1921年04月01日:秋風(未実装)
  • 1921年08月24日:夕風(未実装)
  • 1921年12月05日:太刀風(未実装)
  • 1921年12月22日:帆風(未実装)
  • 1922年03月31日:野風(未実装)
  • 1922年11月11日:波風(未実装)
  • 1922年07月24日:沼風(未実装)
- 1922年11月11日
軽巡洋艦

球磨

球磨型軽巡洋艦1番艦。アメリカ海軍のオマハ級軽巡洋艦を意識した軽巡洋艦。

球磨型、長良型、川内型の5,500トン型軽巡洋艦の先駆け。速力は36ノット。

戦艦

長門

完成当時は世界最大・最強・最高速の戦艦。長門型戦艦1番艦。日本が世界に先駆けて建造したユトランド沖海戦の戦訓を取り入れた新しいタイプの戦艦。ポスト・ユトランド型。41cm砲を搭載した世界のビッグ7の第1号。

軽巡洋艦

多摩

球磨型軽巡洋艦2番艦。

軽巡洋艦

北上

球磨型軽巡洋艦3番艦。

1941年9月に重雷装艦、1942年9月に高速輸送艦、1945年1月には回天搭載母艦に改装されている。

軽巡洋艦

木曾

球磨型軽巡洋艦5番艦。4番艦の大井よりも早く就役した。

他の球磨型より艦橋構造物が大型化している他、1番、2番煙突上部にそろばん型の雨水除去装置を設置している。

軽巡洋艦

大井

球磨型軽巡洋艦4番艦。就役後は練習官となっていたが、軽巡洋艦「北上」と共に重雷装艦に改装された。

艦名は英語表記にした場合「oi」となり、海防艦「伊王(io)」と並んで世界一短い艦名だと言われている。

戦艦

陸奥

長門型戦艦2番艦。ワシントン海軍軍縮条約の「未完成艦は廃艦とする」条件に従いイギリス、アメリカに廃棄を求められたが最終的に廃棄を免れた。

ただ、代わりにアメリカは「コロラド」「 メリーランド」「 ウェストバージニア」の建造続行、イギリスは「ネルソン」「ロドニー」の建造が認められた。この5隻に「長門」「陸奥」を加えた7隻を世界のビッグ7と呼ぶ。

軽巡洋艦

長良

長良型軽巡洋艦1番艦。球磨型軽巡洋艦の改良型。船型、主要寸法は同じ。

軽巡洋艦

名取

長良型軽巡洋艦3番艦。2番艦の五十鈴よりも早く就役した。

軽巡洋艦

鬼怒

長良型軽巡洋艦5番艦。2番艦の五十鈴、4番艦の由良よりも早く就役した。

航空母艦

鳳翔

世界で初めて誕生した生まれながらの航空母艦。鳳翔以前の航空母艦は別の艦種から改造した改造空母。基準排水量7,470トン。

大日本帝国海軍の艦艇の中で開戦前から終戦まで無傷だったのは鳳翔のみ。また、他に残っていた艦も先に解体された為、航空母艦の最初の艦にして最後まで存在した艦となった。

駆逐艦

神風型駆逐艦

八八艦隊計画で主力大型駆逐艦として27隻建造予定だったが、ワシントン海軍軍縮条約により9隻で建造を中止した。

  • 1922年12月28日:神風
  • 1923年06月16日:朝風
  • 1923年05月31日:春風
  • 1924年04月05日:松風
  • 1924年08月30日:旗風
  • 1925年10月30日:追風(未実装)
  • 1925年12月21日:疾風(未実装)
  • 1924年12月29日:朝凪(未実装)
  • 1925年04月24日:夕凪(未実装)
- 1925年12月21日
軽巡洋艦

由良

長良型軽巡洋艦4番艦。2番艦の五十鈴よりも早く就役した。太平洋戦争で最初に沈没した軽巡洋艦となった。

なお、長良型軽巡洋艦3番艦までが八四計画、4番艦以降は八六計画で建造した為、由良以降の艦を「由良型」と呼ぶこともある。

軽巡洋艦

夕張

2890トンの船体に5500トン型軽巡洋艦と同等の砲備雷装を備えながら、5500トン型を超える航洋性能を持つ。速力は35.5ノット。

世界の海軍が驚いた小型軽巡洋艦。平賀譲大佐設計。ただし、小型艦の為、航続力は劣り、水上偵察機も搭載できなかった。

軽巡洋艦

五十鈴

長良型軽巡洋艦2番艦。歴代艦長には兵学校創立以来の秀才・堀悌吉、連合艦隊司令長官・山本五十六、第二航空戦隊司令官・山口多聞がいる。

また、アメリカの空母機動部隊艦載機の攻撃によって損傷した際に主砲を全て40口径八九式12.7cm連装高角砲に換装。水中探信儀、水中聴音機、爆雷投射機も増備し、対空と対潜に特化した5500トン型軽巡の中では異色の防空巡洋艦となった。

軽巡洋艦

川内

川内型軽巡洋艦1番艦。5500トン型軽巡洋艦シリーズの最終型。重油専焼缶を減らして重油石炭混焼缶を増やして重油の消費量減少を図っている。

この為、天龍型、球磨型、長良型の3本煙突とは異なり、川内型は4本煙突となっている。

潜水艦

海大1型

艦隊決戦に用いる海大型潜水艦シリーズの最初の艦。日本の潜水艦で初めて水上機を搭載して発着試験を行った。

艦隊決戦を想定して水上速力23ノットを要求されていたが、高出力のディーゼル機関が無かった為、ディーゼル機関を4基搭載。船殻がめがね型となった。速力は18.4ノット。

  • 1924年06月20日:伊51←第四四号潜水艦
特務艦艇

給糧艦「間宮」

当時世界最大の給糧艦。基準排水量は15,820トン。航空母艦「蒼龍」の15,900トンとほぼ同じ。

巨大な冷蔵庫・冷凍庫を持ち、18,000人×3週間分の食料を貯蔵。牛舎もある。アイスクリーム、ラムネ、まんじゅう等の嗜好品も製造できる。

潜水艦

海大2型

スイス・ズルツァー社が設計した大出力ディーゼル機関を搭載。速力を増す為に船体も細長くなり、速力21.5ノットを記録した。

  • 1925年05月20日:伊152←第五一潜水艦
軽巡洋艦

阿武隈

長良型軽巡洋艦6番艦。関東大震災で造船所が被害を受け、完成が1年以上も遅れた。

1938年に四連装発射管2基の換装を受け、酸素魚雷の発射能力を得ている。太平洋戦争中に「名取」「五十鈴」も換装を受けた。

軽巡洋艦

神通

川内型軽巡洋艦2番艦。アメリカ海軍少将で戦史研究家のサミュエル・E・モリソンは「神通こそ太平洋戦争中、最も激しく戦った日本軍艦である」としている。

1927年に島根県美保関沖で夜間無灯火演習中に駆逐艦「蕨」と衝突事故(美保関事件)を起こして大破。艦首の修理にあたって3番艦「那珂」と同じダブルカーブド・バウに変更されている。

軽巡洋艦

那珂

川内型軽巡洋艦3番艦。

2番艦として工事を始めたが、関東大震災で船体を損傷した為、一度解体した上で3番艦として再び工事を始めた。その際に艦首の形状をスプーン・バウからダブルカーブド・バウに改めている。

潜水艦

巡潜1型

巡潜1型は第一次大戦でイギリスの戦艦を沈めたドイツ海軍の潜水艦「Uボート」の中の「U142型」のコピー。通商破壊作戦の為の外洋航行能力、長大な航続力が特徴の大型潜水艦。巡洋潜水艦(巡潜)シリーズの最初の型となる。

また、巡潜1型5番艦「伊号第五潜水艦」は初めて水上偵察機を搭載し、巡潜I型改と呼ばれる。

  • 1926年03月10日:伊1
  • 1926年07月24日:伊2
  • 1926年11月30日:伊3
  • 1929年12月24日:伊4
  • 1932年07月31日:伊5
- 1932年7月31日
駆逐艦

睦月型駆逐艦

ワシントン海軍軍縮条約によって大型艦の保有規模に制限が生じた為、制限を受けない駆逐艦の強化に乗り出した。

神風型と船体寸法がほぼ同じだが艦首形状をスプーン・バウからダブルカーブド・バウに変更。兵装も大日本帝国海軍の駆逐艦として初めて61cm魚雷を採用した。

  • 1926年03月25日:睦月
  • 1925年12月21日:如月
  • 1926年08月28日:弥生
  • 1926年09月14日:卯月
  • 1925年11月15日:皐月
  • 1927年03月22日:水無月
  • 1926年07月03日:文月
  • 1927年04月30日:長月
  • 1926年11月20日:菊月
  • 1927年05月07日:三日月
  • 1927年10月31日:望月
  • 1927年07月25日:夕月(未実装)
- 1927年10月31日
重巡洋艦

古鷹

古鷹型重巡洋艦1番艦。アメリカ海軍の15.2cm砲を持つオマハ級軽巡洋艦を超える巡洋艦として建造した。基準排水量7,950トン。

50口径20cm単装砲6門を搭載している。巡洋艦(軽巡洋艦)として設計していたが、ロンドン海軍軍縮会議の結果、重巡洋艦に分類される。

重巡洋艦

加古

古鷹型重巡洋艦2番艦。川内型軽巡洋艦4番艦の予定だった「加古」を引き継ぎ、巡洋艦(軽巡洋艦)として設計していた為、重巡洋艦にも関わらず山ではなく川の名前を持つ。

なお、本来は加古型重巡洋艦1番艦になる予定だったが、クレーン事故で船体を損傷したことで就役が遅れてしまい2番艦となった。

航空母艦

赤城

ワシントン海軍軍縮条約によって廃棄することになった天城型巡洋戦艦2番艦を航空母艦に改造。

「フューリアス」の影響を受けて多層式飛行甲板(三段式)を採用。巡洋艦を撃破する為に20cm砲を10門装備していた。基準排水量26,900トン(改装後は36,500トン)。

潜水艦

海大3型a

 海大2型を改良した量産型。船体寸法もほぼ同一で主機も同じディーゼル機関を搭載しているが、細かな改正を施して実用的な艦となっている。

  • 1927年03月30日:伊153←伊53
  • 1927年12月15日:伊154←伊54
  • 1927年09月05日:伊155←伊55
  • 1928年05月15日:伊158←伊58
- 1928年5月15日
潜水艦

機雷潜

第一次世界大戦の戦利艦として獲得したドイツ海軍の機雷敷設潜水艦「U125」のコピー。太平洋戦争序盤で機雷の敷設任務に従事した。

  • 1927年03月31日:伊121← 伊21(初代)←第四八潜水艦
  • 1927年10月28日:伊122← 伊22(初代)←第四九潜水艦
  • 1928年04月28日:伊123← 伊23(初代)←第五○潜水艦
  • 1928年12月10日:伊124← 伊24(初代)←第五二潜水艦
- 1928年12月10日
重巡洋艦

青葉

青葉型重巡洋艦1番艦。ワシントン海軍軍縮条約の制限の範囲内で「古鷹」を改良した改古鷹型。基準排水量9,000トン。

古鷹型との最大の違いは兵装で、主砲に50口径20cm連装砲3基6門を搭載している。ただ、青葉型を古鷹型に含める場合もある。

重巡洋艦

衣笠

青葉型重巡洋艦2番艦。水上偵察機用のカタパルトを大日本帝国海軍で初めて実用装備した。

航空母艦

加賀

ワシントン海軍軍縮条約によって廃棄が決定していた加賀型戦艦(改長門型)。航空母艦に改造予定だった天城型巡洋戦艦1番艦が関東大震災によって破壊され、代わりに航空母艦となった。

基準排水量26,900トン(改装後は38,200トン)。「赤城」と同じ方針で改造することになったが煙突の失敗、速力不足、大きさの割に搭載機数が少ない等の問題が多発した。

駆逐艦

吹雪型駆逐艦(特型駆逐艦)

重武装かつ凌波性に優れた世界初の近代的な駆逐艦。初期の「特I型(吹雪型)」。艦橋構造物が大型化して搭載砲も異なる「特II型(綾波型)」。機関を改良した「特III型(暁型)」に分けられる。

吹雪沈没後は白雪型駆逐艦、白雪沈没後は初雪型駆逐艦に改定している。

  • 1928年08月10日:吹雪
  • 1928年12月18日:白雪
  • 1929年03月30日:初雪
  • 1929年06月29日:深雪
  • 1929年05月10日:叢雲
  • 1928年07月25日:東雲(未実装)
  • 1928年07月26日:薄雲(未実装)
  • 1928年08月28日:白雲(未実装)
  • 1928年06月30日:磯波
  • 1929年06月30日:浦波
- 1929年6月30日
重巡洋艦

那智

妙高型重巡洋艦2番艦。1番艦の妙高よりも早く就役した。

潜水艦

海大3型b

海大3型aよりも艦首を鋭角にして凌波性を改善している。

  • 1929年03月31日:伊156←伊56
  • 1929年12月24日:伊157←伊57
  • 1930年03月31日:伊159←伊59
  • 1929年12月20日:伊160
  • 1928年12月20日:伊163
- 1930年3月31日
潜水艦

海大4型

ドイツ・MAN社のラウシェンバッハ式ディーゼルを搭載。魚雷発射管を艦首4門艦尾2門に改め、全長も3m小さくなった。

  • 1929年04月06日:伊61
  • 1930年04月24日:伊162←伊62
  • 1930年08月30日:伊164←伊64
- 1930年8月30日
重巡洋艦

羽黒

妙高型重巡洋艦4番艦。1番艦の妙高、3番艦の足柄よりも早く就役した。

重巡洋艦

妙高

妙高型重巡洋艦1番艦。八八艦隊計画では20cm砲10門を搭載していた7200トン型巡洋艦を建造する計画だった。

しかし、ワシントン海軍軍縮条約の基準排水量10,000トン以下の制限の中で最大の攻撃力を持つ艦に計画を変更した。ただ、魚雷発射管や兵員室の追加で基準排水量は10,902トンと条約の制限を超過してしまっている。

重巡洋艦

足柄

妙高型重巡洋艦3番艦。ジョージ6世戴冠記念観艦式に参加した際に「飢えた狼」と評された。

気品、優雅さ、ゆとりが無い姿を揶揄されたと言われている。イギリスは本国と植民地の行き来の為に居住性を重視し、日本は居住性を犠牲にして戦闘能力を追求したことが艦影に影響した。

駆逐艦

綾波型駆逐艦(特II型)

艦橋構造物が特I型よりも大型化し、特I型とは別のタイプの砲塔を持つ。

  • 1930年04月30日:綾波
  • 1929年12月24日:敷波
  • 1930年06月30日:朝霧(未実装)
  • 1930年12月03日:夕霧(未実装)
  • 1930年11月10日:天霧
  • 1931年01月31日:狭霧
  • 1931年10月31日:朧
  • 1931年07月31日:曙
  • 1932年05月19日:漣
  • 1931年11月14日:潮
- 1932年11月14日
重巡洋艦

愛宕

高雄型重巡洋艦2番艦。1番艦の高雄よりも早く就役した為に愛宕型とも呼ぶ。

重巡洋艦

高雄

高雄型重巡洋艦1番艦。高い艦隊指揮能力を付加する為に塔型艦橋を大型化した重巡洋艦。基準排水量11,350トン。

しかし、第四艦隊事件を契機に高雄、愛宕の艦上構造物に対して縮小工事が行われている。

重巡洋艦

摩耶

高雄型重巡洋艦3番艦。1943年の修理で3番主砲塔を撤去して40口径12.7センチ連装高角砲を2基増設。対空兵装を大幅に強化している。

スタジオジブリの映画で有名な小説『火垂るの墓』の主人公・清太の父が海軍大尉として摩耶に乗り込んでいる。

重巡洋艦

鳥海

高雄型重巡洋艦4番艦。最上型と利根型が書類上は軽巡洋艦として建造された為、大日本帝国海軍最後の一等巡洋艦(重巡洋艦)となる。

客船建造の経験が豊富な三菱造船長崎造船所が担当したことから同型艦と比べて艦内艤装が良く、度々、艦隊旗艦を務めた。

潜水艦

海大5型

 海大4型の改良型。船体形状は改めて推進効率を高めた。主機はズルツァー式ディーゼル機関。アメリカから輸入したMV式水中聴音機を装備している。

  • 1932年12月01日:伊165←伊65
  • 1932年11月10日:伊166←伊66
  • 1932年08月08日:伊67
- 1932年12月1日
駆逐艦

暁型駆逐艦(特III型)

主機関の出力増大と空気余熱機の採用で航行性能や航続距離が向上している。

  • 1932年11月30日:暁
  • 1933年03月31日:響
  • 1932年08月15日:雷
  • 1932年11月15日:電
- 1933年3月31日
航空母艦

龍驤

軍令部や軍縮条約に振り回された航空母艦。

ワシントン海軍軍縮条約下でも建造に制限の無い小型空母として起工するもロンドン海軍軍縮条約で制限を課せられ、設計を変更。小さな船体に二段格納庫を持つアンバランスな航空母艦となった。基準排水量12,732トン(改装後は10,600トン)

駆逐艦

初春型駆逐艦

ロンドン海軍軍縮条約によって補助艦にまで制限が生じた為、制限を受ける特型駆逐艦よりも小さいが特型と同等の性能を持つ初春型駆逐艦を建造した。

当初は12隻の建造を予定していたが、残りの6隻を設計を改めて白露型として建造された。

  • 1933年09月30日:初春
  • 1933年09月30日:子日
  • 1934年10月31日:若葉
  • 1934年09月27日:初霜
  • 1935年03月25日:有明(未実装)
  • 1935年03月30日:夕暮(未実装)
- 1935年3月30日
潜水艦

海大6型a

マル1計画によって建造された潜水艦。ロンドン海軍軍縮条約の制限によって基準排水量は1,400トンに抑えられている。

  • 1934年07月31日:伊168←伊68
  • 1935年09月28日:伊169←伊69
  • 1935年11月09日:伊70
  • 1935年12月24日:伊171←伊71
  • 1937年01月07日:伊172←伊72
  • 1937年01月07日:伊173
- 1937年1月7日
潜水艦

巡潜2型

 ロンドン海軍軍縮条約下のマル1計画で建造された巡潜1型の改良型。水上での速力向上を図り船体に改良を加えている。また、潜水艦では初めて艦本式ディーゼルを採用した。

  • 1935年5月15日:伊6
重巡洋艦

最上

最上型重巡洋艦1番艦。当初は軽巡洋艦として建造する予定だった為に川の名前を持つが軍縮条約失効を見越して重巡洋艦への改装を前提に建造していた。

基準排水量11,200トン。ミッドウェー海戦で僚艦「三隈」と衝突して損傷。修理の際に後部砲塔を撤去して航空巡洋艦に改装された。

重巡洋艦

三隈

最上型重巡洋艦2番艦。太平洋戦争で最初に沈没した重巡洋艦となった。

駆逐艦

白露型駆逐艦

小さな船体に過剰な武装を搭載した為に復原性が不足していることが分かった「初春型駆逐艦」の設計を変更、武装を練り直した改良型。

  • 1936年03月25日:白露
  • 1936年09月07日:時雨
  • 1937年01月07日:村雨
  • 1937年01月07日:夕立
  • 1937年08月26日:春雨
  • 1937年01月29日:五月雨
  • 1937年05月31日:海風
  • 1937年06月30日:山風
  • 1937年04月30日:江風
  • 1937年08月31日:涼風
- 1937年8月31日
ドイツ艦

Z1型駆逐艦(ドイツ)

ドイツが第一次世界大戦後に初めて建造した駆逐艦。

  • 1937年04月13日:Z1 レーベレヒト・マース
  • 1937年02月27日:Z2 ゲオルク・ティーレ(未実装)
  • 1937年04月08日:Z3 マックス・シュルツ
  • 1937年04月13日:Z4 リヒャルト・バイツェン(未実装)
- 4月13日
潜水艦

巡潜3型

 マル2計画で建造された巡潜2型の改良型。潜水戦隊旗艦として使用する為、居住区、司令官室、通信能力を強化又は拡大している。

  • 1937年03月31日:伊7
  • 1938年12月05日:伊8
- 1938年12月5日
特務艦艇

工作艦「朝日」

1900年に大英帝国のジョン・ブラウン社が建造した大日本帝国の戦艦。日露戦争にも参加した。

1921年9月1日に海防艦、1923年4月1日に練習特務艦、1937年に工作艦となって太平洋戦争に参加した。

駆逐艦

朝潮型駆逐艦

海軍軍縮条約の破棄に合わせて建造を開始した大型駆逐艦。船体は特型駆逐艦と同じ大きさに戻った。

朝潮沈没後は満潮型駆逐艦に改定されている。

  • 1937年08月31日:朝潮
  • 1937年10月31日:大潮
  • 1937年10月31日:満潮
  • 1937年12月20日:荒潮
  • 1938年01月15日:山雲
  • 1938年02月10日:夏雲(未実装)
  • 1938年03月31日:朝雲
  • 1938年04月30日:峯雲(未実装)
  • 1939年04月30日:霰
  • 1939年06月28日:霞
重巡洋艦

鈴谷

最上型重巡洋艦3番艦。建造中に「第四艦隊事件」が発生。1番艦「最上」は水上機が大破、垂直鋼板が歪んで第二砲塔が旋回不能、外板の溶接部に亀裂が生じて浸水被害を受けた。

この為、最上型の船体を改設計。線図を改めて工事したことで「最上」「三隈」と船体形状が異なっている。このことから最上型ではなく鈴谷型として分類されることもある。基準排水量12,000トン。

重巡洋艦

熊野

最上型重巡洋艦4番艦。

航空母艦

蒼龍

「友鶴事件」「第四艦隊事件」を受けて主砲の採用を中止したことで、34.5ノットの優れた速度、複数の対空火器を搭載。実用性の高い艦隊型空母が誕生した。

ロンドン海軍軍縮条約の下で排水量10,500トンの中型空母として建造していたが、建造中に条約破棄が決まり最終的に基準排水量15,900トンの中型空母となった。

潜水艦

海大6型b

第二次軍備補充計画によって建造された潜水艦。海大VI型aと同型だが、船殻の板厚を増し安全潜航深度が85mに増大。燃料搭載量が増えて航続距離も伸びている。

  • 1938年08月15日:伊174←伊74
  • 1938年12月18日:伊175←伊75
- 1938年12月18日
重巡洋艦

利根

利根型重巡洋艦1番艦。ロンドン海軍軍縮条約に基き、最上型軽巡洋艦を改良した軽巡洋艦として設計・起工した為に川の名前を持つ。

建造途中で軍縮条約が失効。50口径三年式20.3 cm連装砲を搭載する重巡洋艦に設計変更した。

20.3 cm連装砲塔は艦の前部に集中配置。後部を飛行機発進甲板として水上偵察機を6機搭載。航空索敵能力を重視したことから航空巡洋艦にも分類される。

重巡洋艦

筑摩

利根型重巡洋艦2番艦。基準排水量11,213トン。

航空母艦

飛龍

軍縮条約を破棄した為、軍縮条約の制限下で建造していた「蒼龍」を再設計した改蒼龍型。飛行甲板幅が1m広く、艦首が1m高くなるなど蒼龍よりも少し大きな基準排水量17,300トンの空母となった。

特務艦艇

工作艦「明石」

連合艦隊の平時年間修理量の約40%を処理する新造工作艦。艦内には17の工場、ドイツ製工作機械144台を持つ。

太平洋戦争時には南方で破損した艦の修理を担当。この為、アメリカ海軍が最重要攻撃目標に定めている。

駆逐艦

陽炎型駆逐艦

速度、航続距離が朝潮型を上回る新鋭駆逐艦。書類上は「甲型駆逐艦」。

陽炎沈没後は不知火型駆逐艦に改定されている。

  • 1939年11月06日:陽炎
  • 1939年12月20日:不知火
  • 1940年01月15日:黒潮
  • 1940年01月20日:雪風
  • 1940年02月15日:初風
  • 1940年08月21日:親潮
  • 1940年08月21日:夏潮(未実装)
  • 1940年08月21日:早潮(未実装)
  • 1940年10月26日:天津風
  • 1940年11月30日:磯風
  • 1940年12月15日:時津風
  • 1940年12月15日:浦風
  • 1941年01月21日:嵐
  • 1941年03月31日:萩風
  • 1941年04月25日:谷風
  • 1941年04月28日:野分
  • 1941年06月30日:浜風
  • 1941年07月15日:舞風
  • 1941年09月27日:秋雲
- 1941年9月27日
潜水艦

巡潜丙型

水上偵察機の搭載を廃止し、巡潜3型の線図を流用した巡潜丙型。

  • 1940年03月30日:伊16
  • 1941年01月31日:伊18
  • 1940年09月26日:伊20
  • 1941年03月10日:伊22(2代目)
  • 1941年10月31日:伊24(2代目)
  • 1944年02月29日:伊46
  • 1944年07月10日:伊47
  • 1944年09月05日:伊48
- 1944年9月5日
ドイツ艦

プリンツ・オイゲン(ドイツ)

アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦3番艦。アドミラル・ヒッパー級は対外的にはワシントン海軍軍縮条約に準じた排水量10,000トンとしていたが、実際は前弩級戦艦並の大型巡洋艦だった。

3番艦「プリンツ・オイゲン」の基準排水量は15,000トン。外観はビスマルク級戦艦に意図的に似せており、イギリス艦隊は「デンマーク海峡海戦」で「プリンツ・オイゲン」を「ビスマルク」と誤認している。なお、強運の巡洋艦としても知られる。

ドイツ艦

ビスマルク(ドイツ)

ビスマルク級戦艦1番艦。ドイツ海軍最大の戦艦。大和が誕生するまでは世界最大の戦艦だった。

ただし、第一次世界大戦終結から1935年にアドルフ・ヒトラーが再軍備を宣言するまでの長い技術的隔絶もあって設計の古さが目立つ。

潜水艦

巡潜乙型

無条約時代のマル3計画で建造された巡潜3型の発展型。同時期の巡潜甲型潜水艦の潜水戦隊旗艦設備を除いたタイプとなる。大日本帝国海軍の主力潜水艦。

  • 1940年09月30日:伊15(初代)
  • 1941年01月24日:伊17
  • 1941年04月28日:伊19
  • 1941年07月15日:伊21(2代目)
  • 1941年09月27日:伊23(2代目)
  • 1941年10月15日:伊25
  • 1941年11月06日:伊26
  • 1942年02月24日:伊27
  • 1942年02月06日:伊28
  • 1942年02月27日:伊29
  • 1942年02月28日:伊30
  • 1942年05月30日:伊31
  • 1942年04月26日:伊32
  • 1942年06月10日:伊33
  • 1942年08月31日:伊34
  • 1942年08月31日:伊35
  • 1942年09月30日:伊36
  • 1943年03月10日:伊37
  • 1943年01月31日:伊38
  • 1943年04月22日:伊39
- 1943年4月22日
特務艦艇

杵埼型給糧艦

基準排水量は910トン。給糧艦「野埼」の2倍の食料を搭載できる。冷凍糧食や生鮮品に特化している。

  • 1940年09月30日:杵埼
  • 1942年08月31日:早埼
  • 1943年01月30日:白埼
  • 1943年05月29日:荒埼
- 1943年05月29日
航空母艦

瑞鳳

祥鳳型航空母艦2番艦。航空母艦としては姉の祥鳳よりも先に完成した。アメリカでは祥鳳型ではなく「Zuihō-class aircraft carriers(瑞鳳型航空母艦)」と呼ぶ。

元高速給油艦「高崎」。ロンドン海軍軍縮条約で航空母艦の保有量を制限された為、条約明けに航空母艦に改造できるように作られていた。

潜水艦

巡潜甲型

無条約時代のマル3計画、マル4計画で建造された巡潜3型の発展型。巡潜3型よりも更に大型になった。

  • 1941年02月13日:伊9
  • 1941年10月31日:伊10
  • 1942年05月16日:伊11
- 1942年5月16日
特務艦艇

給糧艦「野埼」

公試排水量は660トン。艦隊への食料補給を行う。

航空母艦

翔鶴

「飛龍」を拡大改良した大型空母。翔鶴型航空母艦1番艦。基準排水量25,675トン。

戦艦「大和」をしのぐ日本海軍最大の十六万馬力の出力を持ち、速さと防御力の両立を実現した。大日本帝国海軍の軍艦では初めてバルバス・バウを採用し、速力は34.2ノット。

航空母艦

瑞鶴

翔鶴型航空母艦2番艦。基準排水量25,675トン。日米開戦に間に合わせる為に突貫工事。「翔鶴」と共に第五航空戦隊を編成し、わずか2ヶ月の訓練後にハワイへ出撃した。

真珠湾攻撃から一発も被弾しなかった為、日本海軍随一の幸運艦と呼ばれていたが、栗田艦隊のレイテ突入を支援する「囮部隊」となって沈没することになる。

駆逐艦

夕雲型駆逐艦

速力35ノットに達しない艦があった陽炎型駆逐艦の改良型。船体を延長して速力35ノットを堅持した。書類上は陽炎型駆逐艦と同じ「甲型駆逐艦」。

  • 1941年12月05日:夕雲
  • 1942年03月14日:巻雲
  • 1942年03月28日:風雲
  • 1942年06月30日:長波
  • 1942年08月18日:巻波(未実装)
  • 1942年08月31日:高波
  • 1942年12月29日:大波(未実装)
  • 1943年01月25日:清波(未実装)
  • 1943年04月30日:玉波(未実装)
  • 1943年07月27日:涼波(未実装)
  • 1943年07月31日:藤波
  • 1943年07月31日:早波(未実装)
  • 1943年10月15日:浜波(未実装)
  • 1943年11月27日:朝霜
  • 1943年12月03日:岸波(未実装)
  • 1943年12月10日:沖波
  • 1944年02月20日:早霜
  • 1944年03月11日:秋霜(未実装)
  • 1944年05月15日:清霜
- 1944年5月15日
特務艦艇

給糧艦「伊良湖」

基準排水量は9,570トン。25,000人×2週間分の食料を貯蔵できる。

建造

U-511

IXC型潜水艦U-511。UボートIXC型は航続距離が長い大西洋での通商破壊に向いた艦型。同型艦は54隻。

1943年5月10日にフランスのロリアンを出港。8月7日に呉入港。9月16日に大日本帝国海軍の「呂号第五百潜水艦」となるが、実践には投入されずに終戦を迎える。

戦艦

大和

史上最大の戦艦大和型戦艦1番艦。前代未聞の巨大砲46cm砲を搭載した大艦巨砲主義の極致。世界最大の戦艦ではあるが搭載砲の割にはコンパクトに作られている。

アメリカ海軍の戦艦がパナマ運河を通る為に艦幅33メートル以下となることから40.6cm三連装砲搭載と推定。その射程30,000メートルを上回る42,000メートルから一方的に砲撃できる46cm三連装砲を搭載することを前提に建造した。

航空母艦

祥鳳

祥鳳型航空母艦2番艦。基準排水量11,200トンの小型空母。太平洋戦争で最初に沈没した航空母艦となった。

元潜水母艦「剣埼」。潜水母艦「剣埼」として1939年1月15日に竣工。1940年11月15日まで活動した後に航空母艦への改装に着手した為、2番艦の「瑞鳳」よりも1年以上遅れて航空母艦となった。

航空母艦

隼鷹

飛鷹型航空母艦2番艦。元々は日本政府が戦時に航空母艦に改造する条件で建造費を補助した日本郵船の橿原丸級貨客船「橿原丸」。

航空母艦としては1番艦の「飛鷹」よりも先に完成した。なお、大日本帝国海軍の公式類別上は隼鷹型航空母艦1番艦となっている。基準排水量は24,140トン。

駆逐艦

秋月型駆逐艦

防空巡洋艦の代わりに建造した駆逐艦。「乙型駆逐艦」「月型」とも呼ぶ。「秋月型」「冬月型」「満月型」と区別する場合もある。

12.7センチ高角砲に替わって、より長射程、高初速の10センチ高角砲を装備している。

  • 1942年06月11日:秋月
  • 1942年08月31日:照月
  • 1942年12月29日:涼月
  • 1942年12月29日:初月
  • 1943年03月31日:新月(未実装)
  • 1943年05月31日:若月(未実装)
  • 1944年03月31日:霜月(未実装)

冬月型

  • 1944年05月25日:冬月(未実装)
  • 1944年12月28日:春月(未実装)
  • 1945年01月31日:宵月(未実装)
  • 1945年04月08日:夏月(未実装)

満月型

  • 1945年01月03日:満月(工事中止)
  • 1944年12月26日:花月(未実装)
- 1945年1月31日
航空母艦

飛鷹

飛鷹型航空母艦1番艦。元々は日本政府が戦時に航空母艦に改造する条件で建造費を補助した日本郵船の橿原丸級貨客船「出雲丸」。

商船改造空母の為、速力は25.5ノットと低速だが航空機搭載能力は「蒼龍」に匹敵する。基準排水量は24,240トン。

潜水艦

海大7型(新海大型)

マル4計画によって建造された潜水艦。海大VI型とほぼ同寸法。艦尾発射管を廃止して、魚雷発射管が艦首に全て集められた。

  • 1942年08月04日:伊176
  • 1942年12月28日:伊177
  • 1942年12月26日:伊178
  • 1943年06月18日:伊179
  • 1943年01月15日:伊180
  • 1943年05月24日:伊181
  • 1943年05月10日:伊182
  • 1943年10月03日:伊183
  • 1943年10月15日:伊184
  • 1943年09月23日:伊185
- 1943年10月15日
戦艦

武蔵

大和型戦艦2番艦。大日本帝国海軍が建造した最後の戦艦。

航空母艦

大鷹

大鷹型航空母艦1番艦。元々は日本政府が戦時に航空母艦に改造する条件で建造費を補助した日本郵船の豪華客船新田丸級三姉妹船「春日丸」。

特設航空母艦「春日丸」としては1941年9月5日に就役しており、名を「大鷹」に改めて正規の航空母艦となったのが1942年8月31日となる。基準排水量は17,830トン。

航空母艦

雲鷹(未実装)

大鷹型航空母艦2番艦。元々は日本政府が戦時に航空母艦に改造する条件で建造費を補助した日本郵船の豪華客船新田丸級三姉妹船「八幡丸」。

特設航空母艦「八幡丸」としては1942年5月31日に竣工しており、名を「雲鷹」に改めて正規の航空母艦となったのが1942年8月31日となる。

軽巡洋艦

阿賀野

阿賀野型軽巡洋艦1番艦。基準排水量6,652トン。速力35ノット。大日本帝国海軍が水雷戦隊旗艦用に建造した最後の艦型となった。

また、5500トン型軽巡洋艦シリーズが採用していた「14cm速射砲」より大きな「四十一式 15.2cm(50口径)連装砲」を搭載している。前身は金剛型巡洋戦艦の副砲。

航空母艦

冲鷹(未実装)

元々は日本政府が戦時に航空母艦に改造する条件で建造費を補助した日本郵船の豪華客船新田丸級三姉妹船「新田丸」。

サンフランシスコ航路に就航していたが、日米の関係悪化後に航路がストップ。1942年8月に大日本帝国海軍が買収して航空母艦に改造された。1番艦、2番艦とは違って特設航空母艦時代は無い。

航空母艦

龍鳳

元潜水母艦大鯨。ロンドン海軍軍縮条約で航空母艦の保有量を制限された為、条約明けに航空母艦に改造できるように作られていた。基準排水量は13,360トン。

潜水母艦「大鯨」としては1934年3月31日に就役しているが、船体全てを電気溶接したことや大日本帝国海軍の大型艦艇で初めてディーゼルエンジンを搭載したことによってトラブルが続出。空母への改造時に陽炎型駆逐艦と同じタービンエンジンに換装している。

軽巡洋艦

大淀

新型の高速水上偵察機を搭載し、最前線で強行偵察を行うことを目的とした偵察巡洋艦。基準排水量8,146トン。

大日本帝国海軍最後の連合艦隊旗艦。なお、2番艦の仁淀の建造計画もあった。

駆逐艦

島風

次世代の艦隊型駆逐艦として16隻の建造を予定していた島風型駆逐艦。水雷決戦を目的としていた艦隊型駆逐艦の最高峰。書類上の分類は「丙型駆逐艦」。

速力は40.37ノット。島風型用に開発した駆逐艦最大の5連装魚雷発射管を搭載している。建造に手間が掛かること、防空能力の高い秋月型駆逐艦を優先したことから島風型は島風1隻に終わった。

軽巡洋艦

能代

阿賀野型軽巡洋艦2番艦。

潜水艦

巡潜乙型改1

マル急計画で建造された巡潜乙型の改良量産型。量産の為に主機を巡潜3型と同じ艦本式1号甲10型ディーゼル2基とした。

  • 1943年07月31日:伊40
  • 1943年09月18日:伊41
  • 1943年11月03日:伊42
  • 1943年11月05日:伊43
  • 1944年01月31日:伊44
  • 1943年12月28日:伊45
- 1943年12月28日
航空母艦

千歳

元水上機母艦。千歳型航空母艦1番艦。ロンドン海軍軍縮条約で航空母艦の保有量を制限された為、条約明けに航空母艦に改造できるように作られていた。外観は龍鳳型・祥鳳型とよく似ている。

水上機母艦としては1938年7月25日に竣工している。

航空母艦

海鷹(未実装)

元々は日本政府が戦時に航空母艦に改造する条件で建造費を補助した大阪商船の貨客船「あるぜんちな丸」。

1942年5月1日に特設輸送艦として徴用したが、ミッドウェー海戦後の6月30日に急遽空母に改造することが決まった。

航空母艦

千代田

元水上機母艦。千歳型航空母艦2番艦。また、1941年には特殊潜航艇母艦として甲標的も運用していた。

水上機母艦としては1938年12月15日に竣工している。

航空母艦

神鷹(未実装)

元々は第二次世界大戦勃発時に神戸港に係留されていたドイツ客船「シャルンホルスト」。

第二次世界大戦勃発によってドイツに帰れなくなっていた「シャルンホルスト」を日本海軍が買収して航空母艦に改装した。乗組員・乗客は独ソ戦が始まる前にシベリア鉄道を経由してドイツに帰国している。

潜水艦

巡潜丙型改

巡潜乙型改2の船型から航空設備を撤去した巡潜丙型改。水上機の格納筒があった場所には14cm単装砲を搭載している。

  • 1943年12月28日:伊52(2代目)
  • 1944年02月20日:伊53(2代目)
  • 1944年04月20日:伊55(2代目)
- 1944年4月20日
軽巡洋艦

矢矧

阿賀野型軽巡洋艦3番艦。

機密保持の為、進水式で配った記念酒盃には「矢矧」とは記さず、矢に萩の花をあしらった絵を描いていた。

航空母艦

大鳳

ミッドウェー海戦の戦訓から飛行甲板に爆弾防御の装甲を施した装甲空母。船体は翔鶴型航空母艦を基にしている。

巡洋艦の砲撃にも耐えられる側面防御を持ち、戦艦に匹敵する垂直・水平防御を持つ。

潜水艦

巡潜乙型改2

マル追計画で計画された戦時急造の巡潜乙型。巡潜乙型の最終型。出力も速力も低下したが航続距離は伸びている。

  • 1944年03月31日:伊54(2代目)
  • 1944年06月08日:伊56(2代目)
  • 1944年09月07日:伊58(2代目)
- 1944年9月7日
駆逐艦

松型駆逐艦

太平洋戦争中に建造した戦時量産型駆逐艦。書類上は「丁型駆逐艦」

  • 1944年04月28日:松(未実装)
  • 1944年06月16日:竹(未実装)
  • 1944年06月28日:梅(未実装)
  • 1944年06月10日:桃(未実装)
  • 1944年07月25日:桑(未実装)
  • 1944年08月14日:桐(未実装)
  • 1944年08月25日:杉(未実装)
  • 1944年08月10日:槇(未実装)
  • 1944年09月03日:樅(未実装)
  • 1944年09月30日:樫(未実装)
  • 1944年09月30日:榧(未実装)
  • 1944年11月26日:楢(未実装)
  • 1944年11月25日:櫻(未実装)
  • 1945年01月18日:柳(未実装)
  • 1944年11月30日:椿(未実装)
  • 1944年09月30日:檜(未実装)
  • 1944年10月30日:楓(未実装)
  • 1944年12月15日:欅(未実装)
潜水艦

巡潜甲型改1

 マル追計画では建造された戦時急造の巡潜甲型。戦時急造の為、低出力の主機を搭載。結果的に水上速力、水中速力共に低下したが航続距離は伸びている。

  • 1944年05月25日:伊12
潜水艦

丁型(潜輸大型)

輸送任務の為に建造した潜水艦。魚雷発射管は持っている。浮上航行時にレーダー波を海面にそらす為、セイル下部を逆台形に設計。世界で始めて船体にステルス性を付与した。

  • 1944年05月25日:伊361
  • 1944年05月25日:伊362
  • 1944年07月08日:伊363
  • 1944年06月14日:伊364
  • 1944年08月01日:伊365
  • 1944年08月03日:伊366
  • 1944年08月15日:伊367
  • 1944年08月25日:伊368
  • 1944年10月09日:伊369
  • 1944年09月04日:伊370
  • 1944年10月02日:伊371
  • 1944年11月08日:伊372
- 1944年11月8日
航空母艦

雲龍

雲龍型航空母艦1番艦。「飛龍」の設計図を流用した急速建造の中型空母。

航空母艦の運用経験、ミッドウェー海戦の戦訓から改良点もあることから改飛龍型とも呼ぶ。

航空母艦

天城

雲龍型航空母艦2番艦。出撃機会が無く呉港で対空砲台となる。

航空母艦

葛城

雲龍型航空母艦3番艦。ジェット戦闘機「橘花改」の搭載計画があった。

期間の生産が間に合わずに駆逐艦用の罐とタービンを搭載した為、速力が雲龍、天城に比べて2ノット遅くなっている。

航空母艦

信濃(未実装)

元大和型戦艦3番艦。ミッドウェー海戦の敗北で、建造途中だった大和型3番艦を空母に改造。

最後の艤装工事を行う為に呉に回航している最中に沈没した。書類上は完成しているが実際は未完成艦だった。

軽巡洋艦

酒匂

阿賀野型軽巡洋艦4番艦。作戦に参加することなく無傷で終戦を迎えた。

潜水艦

巡潜甲型改2

特殊攻撃機「晴嵐」2機を搭載できるよう改装した巡潜甲型。バルジも追加。速力は落ちたが航続距離は伸びている。

  • 1944年12月16日:伊13
  • 1945年03月14日:伊14
  • 未完成:伊15(2代目)
  • 未完成:伊1(2代目)
- 1945年3月14日
潜水艦

潜特型

特殊攻撃機「晴嵐」3機を搭載できる第二次世界大戦では最大の潜水艦。世界初の潜水空母。原子力潜水艦を除く通常動力型潜水艦としては2012年までの68年間世界最大だった。

地球を一周半航行できる長大な航続距離を持つ為、日本から地球上のどこへでも行けて、さらに特殊攻撃機「晴嵐」で空爆して日本に帰ってくることができた。冷戦時代の弾道ミサイル原子力潜水艦の先駆け。

  • 1944年12月30日:伊400
  • 1945年01月08日:伊401
  • 1945年07月24日:伊402
  • 建造中止:伊403
  • 1945年08月11日大破:伊404(工事進捗率95%)
  • 建造中止:伊405
- 1945年8月11日
駆逐艦

橘型駆逐艦

松型駆逐艦の工事を簡易化する為に再設計。工期は最短5ヶ月にまで短縮した。

  • 1945年01月20日:橘(未実装)
  • 1945年03月05日:柿(未実装)
  • 1945年05月29日:樺(未実装)
  • 1945年02月08日:蔦(未実装)
  • 1945年03月01日:萩(未実装)
  • 1945年03月26日:菫(未実装)
  • 1945年04月28日:楠(未実装)
  • 1945年05月28日:初櫻(未実装)
  • 1945年01月31日:楡(未実装)
  • 1945年03月15日:梨(未実装)
  • 1945年03月13日:椎(未実装)
  • 1945年03月31日:榎(未実装)
  • 1945年05月15日:雄竹(未実装)
  • 1945年06月18日:初梅(未実装)
- 1945年6月18日
潜水艦

潜補型

飛行艇の燃料補給を行う為に設計したが最終的にはガソリン輸送艦に変更された。補給用燃料を大量に搭載する為、最大の排水量を持つ潜水艦となった。

  • 1945年01月28日:伊351
  • 1945年06月22日沈没:伊352(工事進捗率90%)
  • 建造中止:伊353
- 1945年6月22日

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