大日本帝国海軍・第四艦隊

第四艦隊は、日本海軍において特定の作戦目的のために三度にわたって編制された名称です。特に「三代目」となる太平洋戦争時の第四艦隊は、広大な南洋諸島の守備と攻略を担う「南洋部隊」として、その過酷な運命を辿ることとなりました。

■ 組織の変遷と三代の系譜

  • 初代(1905年): 日露戦争末期、樺太上陸作戦を支援するために編制。
  • 二代目(日中戦争時): 華北方面への増援として編制され、後に第三遣支艦隊へと改名。
  • 三代目(1939年〜): 南洋諸島の調査と防衛を目的に編制。1940年より連合艦隊に編入され、内南洋(カロリン・パラオ・マーシャル諸島など)の守備を担う「内南洋部隊」と定義されました。

■ 太平洋戦争での役割:広大な戦域と旧式戦力

開戦時の保有戦力は「厳島」「八重山」などの敷設艦や旧式艦艇、偵察航空隊が主力でした。しかし、軍隊区分が「南洋部隊」となると、その担当海域は内南洋を越えて大きく拡大しました。

  • 攻略拠点としての機能: 水上艦基地としてトラック環礁や潜水艦基地としてクェゼリン環礁を活用し、グアム、ウェーク島、さらにはソロモン諸島や東ニューギニアへの進攻拠点となりました。
  • 陸戦部隊の重視: 島嶼防衛のため、各諸島に陸戦用の「防備隊」や「根拠地隊」を配置。これが第四艦隊の大きな組織的特徴です。
  • 不手際と司令部の更迭: ウェーク島攻略戦や珊瑚海海戦での作戦指導を問われ、井上成美司令長官が更迭されるなど、戦局の悪化とともに司令部は混迷を深めました。

終焉:孤立無援の自活

1944年3月、サイパンに司令部を置く「中部太平洋方面艦隊」が新設されるとその隷下に入ります。しかし、実質的な戦力は第四艦隊のみという状況でした。やがてサイパンの戦いで司令部が全滅。本土との補給線を完全に断たれた第四艦隊の各部隊は、広大な太平洋の孤島に取り残されたまま、終戦まで自活を余儀なくされました。

  • 第四艦隊

    • 鹿島

      • 第18戦隊
        • 天龍、龍田
      • 第19戦隊
        • 沖島、常磐、津軽、天洋丸
      • 第6水雷戦隊

        • 夕張

          • 第29駆逐隊
            • 追風、疾風、朝凪、夕凪
          • 第30駆逐隊
            • 睦月、如月、弥生、望月
      • 第7潜水戦隊

        • 迅鯨

          • 第26潜水隊
            • 呂60、呂61、呂62
          • 第27潜水隊
            • 呂65、呂66、呂67
          • 第33潜水隊
            • 呂63、呂64、呂68
      • 第24航空戦隊
        • 千歳海軍航空隊、神威ほか
      • 第3根拠地隊
      • 第4根拠地隊
      • 第5根拠地隊
      • 第6根拠地隊
      • 附属
        • 聖川丸ほか
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