大日本帝国海軍・潜水艦の歴史
ワシントン海軍軍縮会議
米英・日・仏伊の保有艦の総排水量比率を5:3:1.75に制定。建造中の艦船を廃艦することが決まった。
しかし、1万トン以下で20.3センチ以下の砲を持つ巡洋艦に制限を課さなかった為、各国は条約型巡洋艦の新造を進める結果となった。
- 1922年2月6日海大1型
艦隊決戦に用いる海大型潜水艦シリーズの最初の艦。日本の潜水艦で初めて水上機を搭載して発着試験を行った。
艦隊決戦を想定して水上速力23ノットを要求されていたが、高出力のディーゼル機関が無かった為、ディーゼル機関を4基搭載。船殻がめがね型となった。速力は18.4ノット。
- 1924年06月20日:伊51←第四四号潜水艦
巡潜1型
巡潜1型は第一次大戦でイギリスの戦艦を沈めたドイツ海軍の潜水艦「Uボート」の中の「U142型」のコピー。通商破壊作戦の為の外洋航行能力、長大な航続力が特徴の大型潜水艦。巡洋潜水艦(巡潜)シリーズの最初の型となる。
また、巡潜1型5番艦「伊号第五潜水艦」は初めて水上偵察機を搭載し、巡潜I型改と呼ばれる。
- 1926年03月10日:伊1
- 1926年07月24日:伊2
- 1926年11月30日:伊3
- 1929年12月24日:伊4
- 1932年07月31日:伊5
海大3型a
海大2型を改良した量産型。船体寸法もほぼ同一で主機も同じディーゼル機関を搭載しているが、細かな改正を施して実用的な艦となっている。
- 1927年03月30日:伊153←伊53
- 1927年12月15日:伊154←伊54
- 1927年09月05日:伊155←伊55
- 1928年05月15日:伊158←伊58
機雷潜
第一次世界大戦の戦利艦として獲得したドイツ海軍の機雷敷設潜水艦「U125」のコピー。太平洋戦争序盤で機雷の敷設任務に従事した。
- 1927年03月31日:伊121← 伊21(初代)←第四八潜水艦
- 1927年10月28日:伊122← 伊22(初代)←第四九潜水艦
- 1928年04月28日:伊123← 伊23(初代)←第五○潜水艦
- 1928年12月10日:伊124← 伊24(初代)←第五二潜水艦
海大3型b
海大3型aよりも艦首を鋭角にして凌波性を改善している。
- 1929年03月31日:伊156←伊56
- 1929年12月24日:伊157←伊57
- 1930年03月31日:伊159←伊59
- 1929年12月20日:伊160
- 1928年12月20日:伊163
海大4型
ドイツ・MAN社のラウシェンバッハ式ディーゼルを搭載。魚雷発射管を艦首4門艦尾2門に改め、全長も3m小さくなった。
- 1929年04月06日:伊61
- 1930年04月24日:伊162←伊62
- 1930年08月30日:伊164←伊64
世界恐慌
ニューヨーク証券取引所で株価が大暴落したことをきっかけに世界を襲った大恐慌。
特に失業率40%を突破したドイツでは深刻な社会不安に陥り、ヒトラー率いるナチ党台頭の原因となった。
国政選挙でのナチ党の当選は1928年時点では12議席、しかし、1932年の選挙では全584議席中230議席を獲得して第一党に躍り出ている。
ロンドン海軍軍縮会議
英米・日の補助艦の総排水量比率を米英10:日6.975に制定。
条約型巡洋艦の新造ラッシュで軍備拡張が進んだ為、搭載する主砲によって重巡洋艦、軽巡洋艦に分類し、それぞれに保有量を定めた。
- 4月22日満州事変
満洲駐留の大日本帝国陸軍「関東軍」が満州を占領。関東軍主導の下、日本租界へ身を寄せていた清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀を担ぎ上げて満洲国を建国する。
一方、日本政府は9月19日に緊急閣議を開き、幣原喜重郎外務大臣が外交活動による解決を図ろうとした。
- 1933年5月31日海大5型
海大4型の改良型。船体形状は改めて推進効率を高めた。主機はズルツァー式ディーゼル機関。アメリカから輸入したMV式水中聴音機を装備している。
- 1932年12月01日:伊165←伊65
- 1932年11月10日:伊166←伊66
- 1932年08月08日:伊67
海大6型a
マル1計画によって建造された潜水艦。ロンドン海軍軍縮条約の制限によって基準排水量は1,400トンに抑えられている。
- 1934年07月31日:伊168←伊68
- 1935年09月28日:伊169←伊69
- 1935年11月09日:伊70
- 1935年12月24日:伊171←伊71
- 1937年01月07日:伊172←伊72
- 1937年01月07日:伊173
巡潜3型
マル2計画で建造された巡潜2型の改良型。潜水戦隊旗艦として使用する為、居住区、司令官室、通信能力を強化又は拡大している。
- 1937年03月31日:伊7
- 1938年12月05日:伊8
海大6型b
第二次軍備補充計画によって建造された潜水艦。海大VI型aと同型だが、船殻の板厚を増し安全潜航深度が85mに増大。燃料搭載量が増えて航続距離も伸びている。
- 1938年08月15日:伊174←伊74
- 1938年12月18日:伊175←伊75
第二次世界大戦
- 1939年09月01日:ドイツ軍がポーランドへ侵攻
- 1939年10月06日:ポーランド降伏
- 1940年04月09日:デンマーク降伏
- 1940年06月08日:ノルウェー占領
- 1940年05月15日:オランダ降伏
- 1940年06月22日:フランス降伏
- 1940年07月10日:バトル・オブ・ブリテン
- 1940年09月07日:ロンドン大空襲
巡潜丙型
水上偵察機の搭載を廃止し、巡潜3型の線図を流用した巡潜丙型。
- 1940年03月30日:伊16
- 1941年01月31日:伊18
- 1940年09月26日:伊20
- 1941年03月10日:伊22(2代目)
- 1941年10月31日:伊24(2代目)
- 1944年02月29日:伊46
- 1944年07月10日:伊47
- 1944年09月05日:伊48
日独伊三国同盟
中国国民党の蒋介石を支援するアメリカを牽制する為、ヨーロッパでの戦争に勝利を収めつつあるドイツと手を結ぶ。
松岡洋右外務大臣は三国同盟にソ連を加えた「ユーラシア大陸同盟(日独伊ソ四国同盟構想)」を目指して奔走。結果「日ソ中立条約」が結ばれることになる。
巡潜乙型
無条約時代のマル3計画で建造された巡潜3型の発展型。同時期の巡潜甲型潜水艦の潜水戦隊旗艦設備を除いたタイプとなる。大日本帝国海軍の主力潜水艦。
- 1940年09月30日:伊15(初代)
- 1941年01月24日:伊17
- 1941年04月28日:伊19
- 1941年07月15日:伊21(2代目)
- 1941年09月27日:伊23(2代目)
- 1941年10月15日:伊25
- 1941年11月06日:伊26
- 1942年02月24日:伊27
- 1942年02月06日:伊28
- 1942年02月27日:伊29
- 1942年02月28日:伊30
- 1942年05月30日:伊31
- 1942年04月26日:伊32
- 1942年06月10日:伊33
- 1942年08月31日:伊34
- 1942年08月31日:伊35
- 1942年09月30日:伊36
- 1943年03月10日:伊37
- 1943年01月31日:伊38
- 1943年04月22日:伊39
巡潜甲型
無条約時代のマル3計画、マル4計画で建造された巡潜3型の発展型。巡潜3型よりも更に大型になった。
- 1941年02月13日:伊9
- 1941年10月31日:伊10
- 1942年05月16日:伊11
太平洋戦争
- 1941年12月08日:マレー作戦・香港の戦い(対イギリス戦)
- 1941年12月08日:真珠湾攻撃(対アメリカ戦)
- 1941年12月08日:オランダ、大日本帝国に宣戦を布告
- 1941年12月10日:中華民国、大日本帝国に宣戦を布告
エルウッド製油所砲撃作戦
伊17がカリフォルニア州サンタバーバラ沖から14cm砲を用いてエルウッド石油製油所を砲撃。大日本帝国海軍によるアメリカ本土攻撃はアメリカ政府、アメリカ国民に大きな動揺を与えた。
結果、2月25日に日本の航空機による空襲を受けたと勘違いしたアメリカ陸軍が迎撃戦を展開する「ロサンゼルスの戦い」が発生する。
防空レーダーが飛行物体の飛来を感知。時速320kmで移動する飛行物体に対して1430発の高射砲を発射。カーチスP-40戦闘機が迎撃。20分に渡って目撃された飛行物体はどこかに消えた。対空砲火の破片に当たったり、日本軍機襲来に驚いて心臓麻痺を起こすなど計6人が死亡した。
ドーリットル空襲
大日本帝国海軍のエルウッド製油所砲撃作戦によって、本土への先制攻撃を受けたアメリカは東京への空襲計画を立案。
航続距離の長いアメリカ陸軍の双発中型爆撃機B-25を空母「ホーネット」から発進させ、東京を爆撃し、同盟国の中華民国に着陸させる「ドーリットル空襲」を実行した。ドーリットルは指揮官の名前。
マダガスカルの戦い(アイアンクラッド作戦)
フランスの植民地だったアフリカ大陸南東マダガスカル島で行われたヴィシー・フランス軍&大日本帝国海軍とイギリス軍&イギリス連邦・南アフリカ連邦軍、南ローデシア軍の戦い。
連合軍が仏領マダガスカル島ディエゴ・スアレス攻略作戦「アイアンクラッド作戦」を発動。要請を受けた大日本帝国海軍の潜水艦「伊10」「伊16」「伊20」がイギリス軍の油槽船「ブリティッシュ・ロイヤルティ」を撃沈。戦艦「ラミリーズ」に損傷を与えた。
- 11月6日ミッドウェー海戦
ミッドウェー島攻略を目指す大日本帝国海軍とアメリカ海軍による海戦。
日本は「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」の航空母艦4隻、重巡洋艦「三隈」を失い、アメリカは航空母艦「ヨークタウン」、駆逐艦「ハンマン」を失う。
真珠湾攻撃で戦艦4隻、オーストラリア空襲、セイロン沖海戦で航空母艦1隻を沈め、敵航空機に至っては471機を撃墜と連戦連勝していた世界最強の空母機動部隊「南雲機動部隊」を一挙に失い、太平洋戦争の転換点になったと言われている。
- 6月7日伊168、空母「ヨークタウン」と駆逐艦「ハムマン」を撃沈
ミッドウェー海戦で飛龍艦載機の攻撃を受けて大破していた空母「ヨークタウン」を雷撃。
魚雷4本の内1本が命中して「ヨークタウン」は沈没。「ヨークタウン」の復旧作業の為に横付けしていた駆逐艦「ハムマン」も1本が命中して轟沈した。
海大7型(新海大型)
マル4計画によって建造された潜水艦。海大VI型とほぼ同寸法。艦尾発射管を廃止して、魚雷発射管が艦首に全て集められた。
- 1942年08月04日:伊176
- 1942年12月28日:伊177
- 1942年12月26日:伊178
- 1943年06月18日:伊179
- 1943年01月15日:伊180
- 1943年05月24日:伊181
- 1943年05月10日:伊182
- 1943年10月03日:伊183
- 1943年10月15日:伊184
- 1943年09月23日:伊185
アメリカ本土空襲
9月9日に「伊25」が焼夷弾2発を搭載できるよう改造した零式小型水上偵察機を用いてオレゴン州ブルッキングス近郊の森林部を空襲した。
9月29日にはオレゴン州オーフォード近郊の森林部を空襲した。アメリカ国民は本土空襲に怯え、大都市には空襲に備えたシェルターや防空壕が設置されるようになった。
戦後、零式小型水上偵察機のパイロットだった藤田信雄飛行兵曹長はオレゴン州ブルッキングス市から「歴史上唯一アメリカ本土を空襲した敵軍の英雄」として歓迎を受け、名誉市民の称号を贈られている。
- 29日伊19、空母「ワスプ」を撃沈し、同時に戦艦撃破と駆逐艦撃沈
ソロモン諸島サンクリストバル島南東でアメリカ海軍の空母「ワスプ」を雷撃。魚雷6本の内3本が命中して「ワスプ」は爆発炎上。最終的に僚艦が雷撃処分した。
また、残り3本が10km先を航行中の戦艦「ノースカロライナ」と駆逐艦「オブライエン」に1本ずつ命中。戦艦「ノースカロライナ」と駆逐艦「オブライエン」は大破。
駆逐艦「オブライエン」は応急修理をしてサンフランシスコへ向かったが途中で沈没した。
南太平洋海戦
ソロモン諸島サンタ・クルーズ諸島沖で新生第一航空戦隊「翔鶴」「瑞鶴」「瑞鳳」擁する南雲機動部隊とミッドウェー海戦の仇敵「エンタープライズ」「ホーネット」擁する米空母機動部隊が戦闘。
第二航空戦隊「隼鷹」を加えた航空母艦4隻の艦載機によって「ホーネット」を沈め、 「エンタープライズ」を中破させることに成功。アメリカ海軍は一時的に稼働する空母が無くなった。これを「史上最悪の海軍記念日」と言う。
巡潜乙型改1
マル急計画で建造された巡潜乙型の改良量産型。量産の為に主機を巡潜3型と同じ艦本式1号甲10型ディーゼル2基とした。
- 1943年07月31日:伊40
- 1943年09月18日:伊41
- 1943年11月03日:伊42
- 1943年11月05日:伊43
- 1944年01月31日:伊44
- 1943年12月28日:伊45
伊175、護衛空母「リスカム・ベイ」を撃沈
ギルバート諸島周辺海域でアメリカ海軍の第52.3任務群の輪形陣をかいくぐって護衛空母「リスカム・ベイ」を雷撃。「リスカム・ベイ」は大爆発を起こして沈没した。
巡潜丙型改
巡潜乙型改2の船型から航空設備を撤去した巡潜丙型改。水上機の格納筒があった場所には14cm単装砲を搭載している。
- 1943年12月28日:伊52(2代目)
- 1944年02月20日:伊53(2代目)
- 1944年04月20日:伊55(2代目)
巡潜乙型改2
マル追計画で計画された戦時急造の巡潜乙型。巡潜乙型の最終型。出力も速力も低下したが航続距離は伸びている。
- 1944年03月31日:伊54(2代目)
- 1944年06月08日:伊56(2代目)
- 1944年09月07日:伊58(2代目)
丁型(潜輸大型)
輸送任務の為に建造した潜水艦。魚雷発射管は持っている。浮上航行時にレーダー波を海面にそらす為、セイル下部を逆台形に設計。世界で始めて船体にステルス性を付与した。
- 1944年05月25日:伊361
- 1944年05月25日:伊362
- 1944年07月08日:伊363
- 1944年06月14日:伊364
- 1944年08月01日:伊365
- 1944年08月03日:伊366
- 1944年08月15日:伊367
- 1944年08月25日:伊368
- 1944年10月09日:伊369
- 1944年09月04日:伊370
- 1944年10月02日:伊371
- 1944年11月08日:伊372
伊41、軽巡洋艦「リノ」を大破
サンベルナルジノ海峡でアメリカ海軍の軽巡洋艦「リノ」を雷撃。
「リノ」は工作艦「ヴェスタル」の補強、マヌスによる応急修理の後、3月22日にサウスカロライナ州チャールストンで本格的な修理を受けたが、修理に7ヶ月かかり、その間に終戦を迎えた。
巡潜甲型改2
特殊攻撃機「晴嵐」2機を搭載できるよう改装した巡潜甲型。バルジも追加。速力は落ちたが航続距離は伸びている。
- 1944年12月16日:伊13
- 1945年03月14日:伊14
- 未完成:伊15(2代目)
- 未完成:伊1(2代目)
潜特型
特殊攻撃機「晴嵐」3機を搭載できる第二次世界大戦では最大の潜水艦。世界初の潜水空母。原子力潜水艦を除く通常動力型潜水艦としては2012年までの68年間世界最大だった。
地球を一周半航行できる長大な航続距離を持つ為、日本から地球上のどこへでも行けて、さらに特殊攻撃機「晴嵐」で空爆して日本に帰ってくることができた。冷戦時代の弾道ミサイル原子力潜水艦の先駆け。
- 1944年12月30日:伊400
- 1945年01月08日:伊401
- 1945年07月24日:伊402
- 建造中止:伊403
- 1945年08月11日大破:伊404(工事進捗率95%)
- 建造中止:伊405
潜補型
飛行艇の燃料補給を行う為に設計したが最終的にはガソリン輸送艦に変更された。補給用燃料を大量に搭載する為、最大の排水量を持つ潜水艦となった。
- 1945年01月28日:伊351
- 1945年06月22日沈没:伊352(工事進捗率90%)
- 建造中止:伊353
潜高型(潜高大型)
マル戦計画によって建造された潜水艦。水中高速航走性能を追求しつつ、建造期間短縮と大量建造に適したブロック建造を取り入れた最初の潜水艦。毎月1隻の完成を目標としていた。
- 1945年02月02日:伊201
- 1945年02月14日:伊202
- 1945年06月25日:伊203
- 1945年06月22日沈没:伊204(工事進捗率90%)
- 1945年07月28日沈没:伊205(工事進捗率80%)
- 建造中止:伊206
- 建造中止:伊207
- 建造中止:伊208
接収艦(一等潜水艦)
元々、大日本帝国占領下のシンガポール基地等を拠点としていたドイツ海軍及びイタリア海軍の潜水艦。
イタリア海軍の潜水艦「ルイージ・トレッリ」「コマンダンテ・カッペリーニ」はイタリア降伏後、ドイツ海軍に編入。ドイツ降伏後の1945年7月15日にドイツの潜水艦3隻と共に大日本帝国海軍に編入された。
- 1942年05月09日:伊501←U-181
- 1943年10月07日:伊502←U-862
- 1939年09月23日:伊503←UIT24←コマンダンテ・カッペリーニ
- 1940年05月15日:伊504←UIT25←ルイージ・トレッリ
- 1942年12月12日:伊505←U-219
- 1942年09月05日:伊506←U-195
終戦
終戦時まで残っていた艦は下記。
戦艦は榛名(大破着底)、伊勢(大破着底)、日向(大破着底)、長門(中破)。
航空母艦は鳳翔、隼鷹(機関損傷)、龍鳳(係留して対空砲台)、海鷹(擱座)、天城(転覆)、葛城。
重巡洋艦は青葉(大破着底)、妙高(航行不能)、高雄(航行不能)、利根(大破着底)。
軽巡洋艦は北上(航行不能)、大淀(転覆)、酒匂。
駆逐艦は澤風、汐風、夕風、波風、神風、春風(艦尾損失)、潮(航行不能)、響、雪風、涼月(係留して対空砲台)、冬月(戦後工作艦となる)、春月、宵月、夏月、花月、竹、桐、杉、槇、樫、榧、楢(航行不能)、柳(擱座)、椿(中破)、楓、欅、柿、樺、蔦、萩、菫、楠、初櫻、楡(中破)、椎、榎(擱座)、雄竹、初梅。
工作艦/給糧艦は伊良湖(大破着底)、早埼、白埼、荒埼。