徳川幕府は、世界七帝国の一つだった?

 東北大学の平川新教授の研究により、当時のヨーロッパ列強諸国の間では、江戸時代の日本が帝政ロシア、中国、トルコ、ムガール帝国、神聖ローマ帝国と並ぶ「世界の七帝国」の一つとして認識されていたことが明らかになった模様。

 帝国は、複数の王国を支配する最上級の国家。

朝日新聞:「世界七帝国の一つ」欧米列強、徳川政権下の日本を認識
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200806030124.html

 ……個人的に言わせてもらうと、奥州王伊達政宗が慶長遣欧使節団をスペインやローマに派遣しているので、徳川将軍のことを奥州王や羽州王を支配下に置く皇帝と思っていても不思議ではない。実際にも、徳川将軍のことはエンペラーと見なされている。

 17世紀にロンドンで出版されたケンプファーの「日本誌」では、日本には聖職的皇帝(=天皇)と世俗的皇帝(=将軍)の「二人の支配者」がいると紹介している。天皇を教皇やカリフ、将軍をローマ皇帝やスルタンと見ていたようだ。

 あと、朝鮮出兵で間接的に巨大な明と戦争している。江戸は当時世界最大の100万人都市。識字率が江戸で70%(ロンドンは20%)もあった。人口はフランス、神聖ローマ帝国、イングランド以上。と小さな島国の割に帝国と思われるインパクトはある。

 しかし、そういうインパクトのある事柄が複数あっても、国のサイズを考えれば、帝国などとは思わないのではないかと思うので、素直に信じることはできない。

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