まったくこの人は……。 ここは古びた本屋……、なのだろうか? 魔法書を専門で取り扱っている日本では珍しい本屋である。 因みに俺の持ってる魔法書は全てここで買ったものだ。 俺の場合はそれ以外にも仕事の依頼もここで受けている。 で、さっきから好き勝手なことを言ってるのがこの本屋の店主、上条時子だ。
容姿だけを見れば美人の分類に入るのだろうが、性格が雑な所為で全体的にマイナス。 だが、この人の長い黒髪を俺が綺麗だな、と思っていることは口が裂けても言えない。 この性格で仕事を見つけてくることは今でも信じられなかったする。 しかも仕事の依頼先が魔宗府からが多いのも信じられない。 一体どんなコネを持っているんだ?
それはともかくとして、魔宗府なんてとこからの依頼なら報酬額はかなりのはずなのにどういうわけか俺が仕事を終える前に全額使い込んでいやがる。 前回は確か眠りの森の美女にでてくる魔法の鏡とか言ってたな。 絶対に偽物だと俺は思うんだがな……。 それで今回は土偶だと? 頭が痛くなってきた……。
「どうした? 体調不良か?」
「少し頭が痛いだけだ」
まったく、この人はどうしてこれだけマイペースでいられんだ?
「そうか。 この本を見れば少しは元気になるんじゃないか?」 そこで出てきたのが今回の報酬にして俺が前から頼んでいた本『召喚大全』。 この本には今まで召喚されたことのある全ての召喚魔が記載されている結構レアなものだ。 しかも、Lv1~10にランク分けされていて見やすかったりする。
「やっと手に入った……」
「そんなに良い本ではないだろ? 術者本人を殺した召喚魔まで記載している徹底ぶりには敬意を表するがな。 召喚でもする気か?」
「魔術はそれ以上伸びないって言ったのはどこの誰だ?」
そう俺は魔術を専門的に扱っていた。 きっかけ家への反発だったんだがな。 いや、正確には兄貴に対する劣等感からなのかもしれな。 俺の家は陰陽術の大家で魔宗府の宗長まで務め上げてる名門。 っていっても最近じゃ落ちぶれてるがな。 そんな家の次男として生まれた俺はどうやら不必要だったらしくガキの頃からずっと厄介者扱い。
その上、俺の兄貴は周囲で持て囃されるほどの天才ときてる。 それでもガキの頃はまだマシだったのかもしれない。 厄介者といっても陰陽術や風水術に関しては教えてもらえたし、親以外の人とは結構遊んでもらえたしな。 今じゃ部屋の場所も離れに移されほとんど人なんて寄り付こうともしない。 まぁ、気楽でいいんだがな。
そんな俺が唯一気に入らなかったのが兄貴と比べられることだった。 何とかして兄貴に勝とうと思って陰陽術じゃなく魔術を始めたんだ。 日本じゃ禁術だってわかっていてもな。 そんな時に訪れた本屋がここで、時子に出会って今に至るんだが……。
つい先日、魔術はもう伸びないから他の術を学べって忠告を受けた。 人は生まれた時から守護精霊が決まっていて、得意な属性とその属性に相反する苦手な属性っていうのが決まっているらしい。 だが俺の場合、その守護精霊が無いらしい。
それを初めて聞いた時は魔術を窮めてやろうって考えたさ。 そしたらどうだ? 守護精霊がないから属性魔術がLv8までしか使用できないだと? たしかに全属性を苦手なく習得できる。 だが、一つの属性も窮められないって制約がかかってくる。 魔術だって属性魔術以外にも身体強化魔術などもあるが、一番は属性魔術だ。 ここにきて魔術を窮めるっていう俺の目標はなくなったってわけ。 それで他に面白そうな術はないかと探してる途中での今回の召喚術の話になる。
「確かに魔術はこれ以上無理だと言ったが召喚術は薦めた覚えはないぞ。 君なら錬金術や幻術の方が向いてると思うが?」
「まだ決めるつもりはないさ。 ただ召喚術というのが気になってね」
「風水術が使えるなら召喚術などいらんと思うがな」
「あれは使用に制限がかかり過ぎる」
「それは一般の術者の場合だろ? 君の場合、守護属性がないんだからどの時刻の神獣も同等に扱えるはずだが?」
「それはそうだが風水術は土地の影響を受け過ぎだ。 閉鎖空間内での威力は通常空間の1/4にまで低下するだろ?」
「閉鎖空間での戦闘の機会があるか?」
「可能性の問題だ。 召喚術ならそんな制約なしに使えるからな」
「無理には止めんがLv4までにしておけよ。 君の魔力量は常人よりも数倍の量をほこるが、それでも召喚術は危険だ。 無理をすればLv6まで従えそうだが命の保障はせんぞ」
「心得とくよ」
なんだかんだと俺のことを心配してくれるこの人のことが俺は嫌いじゃなかった。
「それじゃ帰る」
「あぁ」
俺は自分の腕時計で時間を確認してから「また今日の夕方頃に来るよ」と言って店を出た。
もう夏は終わり秋へと変わろうとする季節。 まだまだ日中は暑さが残るものの今は深夜だ。 肌寒く感じるのは当たり前なのかもしれない。 今から家に帰るのかと気持ちが沈んでくる。
あそこは俺を閉じ込めるための檻なのだろう。 気楽でいいといったがそれは建前。 本音をいえば気に入らない。 家を出てやろうと思ったことは何度もあるが、それが逃げているように感じてできないでいる。 俺は自分で思っている以上に弱いのかもしれない。
「あぁ~! 一人でいるとろくなこと考えないな!」
道端で、しかも深夜に声を出すのはどうかと思ったがそうせずにはいられなかった。 俺が家を出れないでいる理由にはもう一つある。 それは一人の女性のため。 いや、正確には人ではないのだから女性というのはおかしいのかもしれない。 彼女は使い魔。 高城家の代々の当主に仕えている。 今は次期当主である兄貴の使い魔であるはずだ。 彼女に初めて出会ったのは俺がまだ六歳の時だったと思う。 俺は親父や兄貴の隙をついて中庭の方へ遊びに行ったんだ。 その時にはもう俺は厄介者であり、親父や兄貴となんて話すことすらできなかったはずだ。
その中庭で俺は一人の女性を目撃する。 それはどこか儚げで今にも消えてしまいそうな、そんな存在だった。 その眼は遠くを見ており、風で銀髪の長い髪が揺れるたびに子供心に綺麗だ、と感じたものだ。 彼女が使い魔だと知ったのはそれから随分後の話。 そして、これが初恋だったのだと知ったのも後からである。 今でも初恋を引きずって話したこともない女性を思っている時点で俺は馬鹿なんだなと感じてしまう。 実はこれが兄貴への反発の理由なのかもしれない。 俺の方が兄貴より優秀だと証明すれば彼女が俺を見てくれる。 そんな馬鹿なことを頭のどこかで考えているのかもしれない。 だが、陰陽術という同じ土台から降りた時点で俺の負けは決まったようなものなのだろう。
「そろそろ本気で家を出る準備を始めたほうがいいのかもしれないな……。 って、うわぁっ!」
「きゃっ!」
そんなことを考えながら歩いていた所為で人とぶつかってしまった。 こんな時間に人? しかも女が一人?
「すまん、大丈夫か?」
「ごめんなさい、ごめんなさい! 急いでたもので!」
「いや、こっちも考えごとしてたからな」
「本当にごめんなさい」
「気にしなくていい。 それより怪我はないか?」
「はい。 大丈夫です」
「そうか。 とにかく気をつけろよ。 深夜の一人歩きは危険だからな」
「そうですね……」
そこで一瞬彼女の顔に陰りが見えた。
「ぶつかってしまって本当にごめんさい。 急いでるので失礼します!」
そう言い終わる前にと彼女は駆け出していた。
「なんだ?」
少し疑問に思いながらも今から彼女を捕まえて理由を聞き出すほどの興味もなく、家への道をただ夜空を見上げながら進んで行く。 この時、秋也は彼女ともう一度出会うことになるとは夢にも思っていなかった。