世界の裏側では現在三大勢力が覇権を争っていると言える。 キリスト教会、魔法協会、神聖魔法会の三勢力である。 しかし、三大勢力といっても神聖魔法会はおよそ百年前に魔法協会から枝分かれしてできた新しい組織であり、他と比べると明らかに規模が小さすぎる。 そんな神聖魔法会が他の勢力と同等という位置付けなのは構成員の質の高さであろう。 天性の才能でしか得られない特殊な術を扱えるモノを大量に保持しているのだ。
だが、所詮は新参組織である。 国家との関わりなどあろうはずもなく、現在はドイツとのみ盟約を交わし本部を設置している。 また、構成員のほとんどは『魔道騎士団』という十二の部隊に配属され、それぞれの任務をこなすことになっている。 このうち第一~第五騎士団は数の小さな順に高位にあり、強大な力を持つものが多くいるといわれている。 それ以下の番号の騎士団は全て同列として扱われている。
さて、神聖魔法会の活動方針などは後に述べるとして、次にキリスト教会と魔法協会の話に入ろう。 キリスト教会はイタリア、ヴァチカンを総本山とする世界最古にして最大の組織である。 この場合はローマ教会と呼ぶ方が正しいのかもしれないが、体制は教皇庁を中心とした組織である。 この中でも一般に公開されていない組織として退魔省が存在する。 ここが人害のモノを控除する部門である。
その中でも特にヴェールに包まれているのが『封滅機関』と呼ばれる機関のことである。 指揮系統一人と十二人の精鋭でのみ構成された機関であり、全員が世界最高の退魔師である。 ここで魔法師ではなく退魔師と呼ばれる所以は教会が魔法全般を好ましく思っていないからである。 よってこの退魔師と呼ばれる人達は魔法は使用せず、神の祝福を受けた武具と常人を遥かに越えた瞬発力とを駆使し戦闘を行っている。
この対極として存在するのが魔法協会である。 組織としてはかなり古く、中世から近世にかけて行われた魔女狩りに対抗するために組織されたというのが通説となっている。 このため教会とは犬猿の仲であり抗争は止まることなく続いていた。 この二つの組織が停戦協定を結んだのは七賢者の最高指導者で「魔法学の先駆者」と呼ばれたアシュベルト=F=グランドールと当時の教皇の間であった。これはおよそ百五十年前のことである。
この停戦協定から五十年後、自身が正義であると信じて疑わない魔法協会側の過激派が独立、それが神聖魔法会の発端である。 この独立に際して首謀者であったシュベルクス=J=クラムレイドは自らを神人(カミビト)と称し、他の組織全てに対して宣戦布告を行った。
その結果、教会から神を名乗る不逞の輩、粛清すべき異端として、魔法協会からも安定を揺るがす賊として両方からと敵対することになる。 この絶対的不利な立場を覆せるわけもなく、神聖魔法会の行動は単発的であり、まさにテロのようなモノであった。
さて、魔法協会の起源から少し話が逸れたが元に戻そう。 魔女狩り以降は教会の弾圧から逃れながら国家との結び付きを強めていき、今では国家宗教がキリスト教の国にすら支部を置くほどの組織へと成長を遂げている。 その最たる理由は情報戦の過激化である。 国家間の戦いにおいて重要なのは情報であり、それを入手する術をもつ国が勝利を手にしてきた。 その術として魔法師が重宝されるのである。
「情報戦は魔法師の質で勝敗が決まる」とは代々国家元首が聞かされ続けている有名な言葉である。 教会と肩を並べるほどの組織となり停戦協定を結んだのち、魔法師の質の向上を最優先課題とし、魔法師養成学校を創設。 短い時間であったが平穏な日々は確かにそこに存在した。
しかし、そんな平穏を崩す神聖魔法会の宣戦布告、世界は平和を望まざるかのようにまた騒乱の日々へと戻っていく。 これが現在の世界状況、裏の中での表の世界。
では、日本はどうなっているのだろう。 日本には大きく分けて組織が二つ存在している。 それは魔宗府と日本司教団である。 魔宗府は日本古来から存在する魔法組織である。
しかし、伝統や文化を尊重するあまり西洋発祥の魔法を禁術として履修・使用を禁止しており、まさに魔法学における鎖国をおこなっている。 この魔宗府は宗長と平均して五人くらいの幹部により運営されている。 その下には一般業務の他に特殊な役割を果たす部隊として三つ設けられている。 それは攻撃部隊『神武』、支援部隊『顕宗』、諜報部隊『成務』である。 それぞれ十人で構成されており、ここに配属されることがエリートの証となる。
こういった魔宗府の体制は平安前期辺りに組まれたものであり、現在も維持されているが、年々魔宗府の質は悪化してきている。 その悪化は神具・魔法具の管理体制にまで及んでおり、それに目をつけた神聖魔法会に持ち出されてしまうという失態が何度も続いている。 これを危険視した魔法協会は魔宗府へ協会への入会と管理の強化を示唆しているが全て無視している。 この状況は日本司教団との関係をも複雑化している。
日本司教団は教会の日本支部であり、もちろん異端狩りなどもおこなっている。 魔法協会と教会との停戦協定は支部である司教団においても例外ではないが、魔宗府の今の立場は神聖魔法会と近い立場として司教団に認識されている。 今の情勢でどこにも属さないということは敵の数を増やすということである。 ゆえに魔宗府は司教団からの攻撃と神聖魔法会からの盗難という二つの人災に見舞われているのである。 これが簡単な裏の日本の状態であろう。
「まったく……。 私もつまらんことを考えるもんだ」
そう彼女は宙に目を泳がせながら呟いた。
「これもあの馬鹿の仕事が遅いせいだな」
「誰が馬鹿だって?」
そして彼女の横にはいつからか一人の青年が立っていた。
「帰っていたなら声ぐらいかけたらどうだ?」
「だから今声をかけただろ?」
と言いながら悪戯っ子のような笑みを少年は浮かべていた。 その顔はどこか幼く、まだまだ子供に見えて仕方がない。 そんな少年、"高城"秋也をからかいたくなるのは私の性質なのだろうか?
「それを一般的に屁理屈というんだぞ、"高城"君」
「その呼び方は嫌いだっていってるだろ?」
そういいながら露骨に嫌な顔をする。 そういう態度をされるとやはり子供だなと再認識してしまう。 彼は自分の"家"というものを心底嫌っている。 理由を話そうとはしないが、今の境遇のせいなのだろうと私は勝手に解釈している。 彼の家での状態は一言でいえば孤立ではないだろうか? 人は過ぎた力を持つものを毛嫌いする性質がある。
それは自分よりも強大であれば強大であるほど鮮明に表れてくる。 彼の力は強大だ。 そして彼は並みの魔法師では手に入れられないだろう特殊な素質まで持っている。 その力の代償としての孤立。 神は至る力を与えると同時にその人間を潰そうとする。 まったく、自分勝手な道楽だな。 そういう諸事情で彼は仕事のときは"矢崎"という名で通している。
「君の家への反発は理解するが、まだその家から出ていないんだろ? だったら苗字くらい名乗ったらどうだ?」
「…………。 その名前は俺には重いんだよ」
少し深い所に入り過ぎたか。
「それで秋也、仕事はどうだった?」
仕事の話になると今までとは別の顔になる。
「ああ。 依頼通り盗まれた神具は回収してきた」
「ということは情報は正確だった、というわけか……」
「そうだな……」
今回の仕事内容は「神具が盗まれるとの情報があった。情報の真否は不明だが、盗まれた場合は奪還せよ」という曖昧なものだった。 この依頼を受けたこっちも馬鹿なのかもしれんが、情報の真偽に関わらず報酬が貰える話になってなからな。
「それで回収したものは?」
「雨清だ」
「雨清? あの雨清か?」
法鏡雨清。 魂の昇華のために作られた鏡。 現在でもその用途に関しては不明な点が多いとされる日本独自の神具。
「また厄介な代物に手を出してくれたものだ」
「簡易封印をしておいたが……、よかったか?」
「そうだな。 賢明な判断だ。 それで犯人は?」
そこで秋也の表情が少し変化したのを私は見逃さなかった。
「馬鹿なヤツさ……。 追い詰められて雨清の能力も分からず使いやがった」
「そうか。 君が気にすることじゃない」
「気になんてしてない。 アイツが勝手にやったことさ……」
「そうか」
そんな顔で気にしてないと言っても説得力なんてないぞ、と言いたかったがここは伏せておく。
「ところで今回はちょんと報酬をくれるんだろうな?」
「報酬?」
そこで私は重大なことを思い出した。 重大……、ではないことなのだが彼にとっては重大なことに違いない。 この話題、百害あって一利なし。
「あぁ~。 ところで前から欲しいと言ってた本のことなんだが……」
「話を変えるな」
どうやら避けられないらしい。
「そうそう。 この土偶、なかなか良い物だと思わんか?」
「土偶? この人くらいの大きさのヤツか?」
「そうだ。 なかなかの逸品でな、ここまで大きいのは日本中探しても五体と見つからんぞ」
「だから? ……ってまさか!」
「いやなに潜在的に魔法要素まで含んでいてな、この中に貯まっている魔法量はLv8に相当する召喚魔を三日ぐらい使役できるほどなんだ。 その上、このままの状態でも魔力の貯蔵を継続しておこなえる。」
「それで今回の報酬でこれを買ったと……」
「まぁ、そうだな」
「何度も言ってるが無駄使いはやめろ……。 被害は全部俺に来るんだからな」
「些細なことだ」
「俺が家から自立できない理由はアンタの所為だと思うんだが?」
「責任を人に押し付けるのは感心しないな」
「はぁ~。 マジでただ働きなのか?」
「前から欲しいと言っていた本ならあるが?」
「くれるのか?」
「今回の報酬だ」
「ありがたいね~」
そうやっていつも私に文句を言いながらも離れて行かない彼が、私にできた久しぶりの大事なものなのかもしれない。