深夜の公園。昼間は人々の憩いの場所である公園も、夜になると昼と同じ場所とは思えぬほど静まり返っていた。 そんな公園の静寂を破るかのように闇の中を疾走する2つの影があった。
一つは逃げ、もう一方は追う。 前者は逃げ果せようと必死であるが、後者はただ無気力に一つの影を追っている。 それは相手との距離を一定に保ち、さながら共走しているかのようである。 そしてこの逃走劇も永遠に続くはずもなく唐突に終幕が訪れる。
公園の中央付近に到達した時、逃走者が不意に足を止める。 逃げられないと悟ったためだろうか? それとも何か策があるのだろうか? そして逃走者は追跡者が足を止める前に自分の懐から数枚の札のようなものを取り出し何かを呟き追跡者に向かって投げつけた。 放たれたその数枚の札はそれぞれが炎の矢へと姿を変え追跡者めがけて疾走する。 それはさながら炎が波となって襲いかかってくるようなモノであった。
一般人なら避けることも出来ず、ただ業火に身を焼かれるのみ。 だたし、"一般人なら"である。 追跡者はその炎に臆することもなく、ただ一言呟き片手を炎の方に向けた。 すると先ほどまで迫っていた炎は追跡者の手前で壁にでも当たったかのように拡散していく。
そう、彼等は一般人などではなく異端のモノを異端の力を使い消去する"魔法師"である。
世界の表面が平和でいられるのは、彼等、裏側の人間が境界を越えてくる異端を滅ぼしているからであった。 その魔法師である二人が今、緊迫した空気の中、ただ無言で睨み合っている 逃走者は歳は二十代後半だろうか? 急いで逃げてきた所為でセットされてはずの髪はボサボサになりスーツも着崩れていた。 一方追跡者は二十代前半といった所のだろうか? 風に髪を靡かせ、黒のシャツにジーンズというカジュアルな格好で立っていた。
そんな二人が睨み合ってからどれだけの時間が経っただろうか? 追跡者の方が先に話の口火を切った。
「逃げるのは止めたのか?」
そこには何の感情も含まれておらず、ただ冷ややかに言い放っているだけであった。
「なぜだ! この時間帯は俺一人だったはずだぞ!? どうして他のヤツがいるんだ!?」
それとは対照的に逃走者は感情的になっており、未だに自分がおかれた状況を理解していないようであった。 いや、状況を理解していないのではなく、己の計画が、完璧に作り上げた計画が、完璧ではなかったことに苛立っているだけなのかもしれない。
「それに…… 俺はお前なんて知らない!」
「知らなくて当然だ。 俺はただの掃除屋なんだからな」
「ふざけるなよ……。 掃除屋ごときが魔宗府の敷地に入れるわけがないだろっ!」
「俺の知ったことか」
「誰の差し金だ! 巫垣か!? それとも恵慈か!?」
「聞いたところでどうする? 今の状況が変化するわけでもないぞ?」
「くっ……!」
「さっさと盗んだ神具を渡せ」
「ふざけるな!」 感情的になっている逃走者と、冷静に物事を把握している追跡者。 この両者が今のまま戦えばどちらが勝つかは自明の理である。 しかし、何か重大なことに気が付いたらしく急に逃走者の口調が変わった。
「まぁいいさ……。 ここで貴様を倒せば何も問題はないんだからな」 そこには先ほどまでの焦りや感情はなく、一気に熱が冷めたかのようであった。
「貴様は掃除屋だと言ったな?」
「ああ、言ったが……」 そこで逃走者は口元を歪める。 それはとても卑猥な笑みであった。
「貴様は俺のことを知らな過ぎた」
「なに?」
「俺のことを良く知っていれば、こんな依頼受けるはずがないからな」 必死に逃げていた時とはまるで別人であるかのように、満面の笑みを浮かべ追跡者に話しかける。 そこには今までの恐怖などなく、ただ相手を見下したような余裕だけが顔に浮かんでいた。
「さっきから何が言いたい?」
「ふっ……。 これだから掃除屋は嫌いなんだ。 人の話を理解しようともしない。」
「………………」
「俺の名は宗司。 魔宗府諜報部隊『成務』第六席、緋山宗司だ」
「………… だからどうした?」
「なっ……!? 俺は成務の第六席なんだぞ!?」
「肩書きに固執していると足元をすくわれるぞ」
「なんだと……!」
「それにお前は戦国時代の武将にでもなったつもりか? 今から殺り合う相手に名乗りを上げてどうする。 それとも、実力がないのを隠すために肩書きで敵を威嚇するのがお前の戦い方なのか?」
「き、貴様……!」
「まったく……、こんなヤツが第六席だとは、成務も堕ちたものだな……」
「黙れ! 俺が名を教えたのは最期の手向けだ! 俺の名を魂に刻みつけてから死ね!」
「やれやれ、お前はそういうのが趣味なのか? なら俺も付き合ってやるよ」
「なに……?」
「俺の名は矢崎秋也。 その胸に刻んでおけ」