紅の詩

第Ⅰ節-夢と悪夢-

3/黒夢-ショウゲキ-

「今、何て言ったんですか……枢機卿!」

 一人の騎士長が声を荒げて枢機卿に食って掛かっている。 正直彼の気持ちは分からなくもない……というより会議に参加している全員がその気持ちだったであろう 枢機卿の言葉が嘘であって欲しい、と……

「……リオフェイトが魔法技術再生に乗り出そうとしている、だから我らはそれを全力を持って止めねばならない。あの聖典にあるような悲劇を二度と起こしてはならんのだ……」

 やはり聞き間違いなのではなかった……"絶望"が頭の中を掠めていく……

「リオフェイトが聖典盟約を破った……そういうことですか?」

「そうなるな……いや、元々あの盟約すら他の四ヶ国はすでに忘れているのやもしれんな」

 聖典盟約……あの魔導滅戦の後の世界の盟主達によって交わされた魔法技術破棄の誓約 滅びを二度と引き起こさぬために……

「しかも、リオフェイトは我ら四ヶ国にこのような書状まで突きつけてきた」 枢機卿が差し出したのは長々しい文面の書状…… しかし結局のところ内容を噛み砕いて言うとこうなる……

 『邪魔をするなら武力をもってそれを駆逐する』と到ってシンプルなモノ

 それを態々、長々しく書いて遠まわしに伝えているだけだ

 しかし、問題はそこではない。その"武力をもって駆逐する"が最大の問題なのだ

 リオフェイト皇国……このファームフェーズ大陸の中心に位置する"最強"の国

 "軍事大国"と言われている大陸北の国、ベルンゼウムでさえ、リオフェイトがいるために大陸制圧に乗り出せないと噂されるほどリオフェイトは強い制止力を持っている

 その彼らリオフェイトを最強と言わしめているのは聖皇騎士団と聖帝四騎士である

 特に聖帝四騎士は他の国に畏怖を植え付ける最強にして最凶の存在で、彼らはたった四人で他の国々を殲滅できると言われるほどの実力者たちなのだ

 それゆえ、彼らの姿を見て生きていたものは"ない"と謳われる、当に現在最強の四人である

 そして、その聖帝騎士の一ランク下に位置すると言われているのが聖皇騎士団なのである、彼ら聖皇騎士団はいうなれば聖帝騎士の候補達……そのため言うまでも無く最強の騎士団と言われている

 聖帝騎士の候補達が集った騎士団が弱いわけがない……一般認識でも分かる簡単な答えだ

 故に、リオフェイトは畏怖の念の意味も込めてこう言われている、最強の聖騎士達が皇を護りし国……"聖皇国"と――

 その上、今代のリオフェイトの騎士団は"黄金期"と言われており、リオフェイト史上最強の騎士団であると自他共に認められるほどの実力者達が集っている。そんな実力者達を相手に争いを挑むヤツはいるのだろうか?一般認識で言うなら

「No」だ。

 しかし、アーク枢機卿は――

「皆が、臆する気持ちは私にも痛いほど解る……。だが、これを見過ごすということは再び聖典の悪夢を呼び覚ますことに他ならない。私はそんなことをさせるわけにはいかないのだ……!」 重い沈黙が場に漂う……。それはおそらく皆、枢機卿と同じ気持ちだからであろう……。 このラウーナに暮らしている者なら誰でも同じ気持ちになる、そうこの"宗教法国"の者なら誰でも…… 子供の頃から聖典を読み伝えられている自分らにとって魔法と言うものは言うなれば悪夢の元凶なのだから

 それに――

「確かに枢機卿の言うとおり、リオフェイトの魔法技術再生は阻止しないといけないと思います。悪夢の再来を防ぐという意味とは別にもう一つの理由も加えて……」

 静かにでも極めて透き通った声でアイギスが そう、彼女の言うことは正しい。 彼女の言ったもう一つ理由は到って簡単なものだ。聖帝騎士などを抱え現状でさえ最強を誇るリオフェイトに魔法技術が加わればどうなる?もはや手のつけようのない完全無欠な皇国になるのは目に見えている。

 現状では国々に不可侵条約を交わしてはいるが、もし魔法技術再生に成功し魔法という強力な力を持ってしまえばその条約さえ簡単に破棄されてしまうかもしれない……なぜなら、魔法技術と聖皇騎士団の二つの強大な力を防ぐ制止力を持つ国など現状どこにもないのだから……

「確かにのう……国を守る意味も含めて長い目で見るのであれば、ここはリオフェイトに抗戦するしかないじゃろうな」

「けれど、リスクはかなり高い、というより勝ち目の低い戦いになりますね」

「それでもやりようによっては確率など幾らでも変えられるでしょう?」

 フォルテの発言を口火に数多の騎士長達が口を開き会議場は混乱の渦に呑み込まれた 正直、俺も発言したかったのだが、そこはまだなりたての騎士長。場の空気に一気に呑まれてしまって悲しいほど何も出来ない……

 けれど、冷静になって考えてみると……だ、問題は我らラウーナだけではない 同じように書面を突きつけられた他の国々はどう動くのだろうか?

 まず、気懸かりになるのはやはり北の"軍事大国"ベルンゼウムである。あの国とリオフェイトの関係は現在最も微妙な関係なのだから。というのも、ベルンゼウムが数回、不可侵条約を破りリオフェイトに侵攻を試みたのである……しかし、結果は惨敗。 首都に攻め込むどころか、国家境界線上にて五個小隊が全滅という何とも無様な戦歴を晒したのである。

 その上、撃退したのは聖皇騎士団の第Ⅸ部隊だけだったと言うのだから当に"惨めな"話、に加えてリオフェイトの強さを世に知らしめることにもなってしまった。 そのことも含め、ベルンゼウムがこの書面を読んでの反応というのはどうなのだろうか? 再度、侵攻の"きっかけ"なったととるのか……それとも――

「尚、他の国々の対応についてだが、現在解っているのはベルンゼウムだけだ……が、ベルンゼウムはこの書面内容を承諾したそうだ」

 やはり後者だったか……

 無理もない、つい数ヶ月前にリオフェイト侵攻に失敗し軍部中枢核とも言われていたファード将軍を失ったばかりだ……現状、軍内部での抗争の収集がついていないのだろう。そんな状況で国外への遠征部隊に戦力を割く余裕はないと言うことか……力押しだけの国ではないようだ"軍事大国"も。

 となると、我が国にしてみれば実に困ったことになる……。というのも残りの二ヶ国。東の"イリスレイル"および南の"マルサギルド"は民主国家なのである。言うなれば決定権は民にあるということだ、特にイリスレイルは国外に対しての対応は実に淡白である……元々、国としての機能はしていなかった"国"であるため極度な保守意識があるのだ

 自らの国のみを考え他国に介入もしないかわりに他国からの干渉も認めないという、謂わば"絶対中立国"なのである。

 イリスレイルは武力の保有さえ不確かな国であらゆる面で謎が多い。唯一明確にされているといえば"封書殿"と呼ばれる古の書籍などを管理する巨大図書館のみだ。その他国に開示している封書殿でさえ、一部の間の情報は国外者は閲覧できないという保守ぶりである。それ故、イリスレイルは他国からこう呼ばれる"知識封国"と――

 そんな国がリオフェイトに喰ってかかる訳がない。むしろ我らが抗戦するなどと言えば波風を立てないようにとの書状の一つでも送ってくるかも知れないな。 そして、残る一国、マルサギルドは――

「しかし、そうなると残る二国はどちらも当てには出来ないでしょう。もし封国が何らかの形で動くような奇跡が起こったとしても、マルサギルドは無理でしょう、あそこは絶対に……」

「だろうな、"物資王国"にしてみればむしろ抗争してくれ、との書面を各国に送っているやもしれんな。ギルドに属する商人達にとってみれば"待ってました"と言わんばかりの状況だ」

 そういうことだ……。マルサギルドは"物資王国"。その名の通り商業国なのだ。 国外貿易や商業によって創られ栄えた国。元々は王制をとっていたのだが、この近年、民主制へと取って代わった、最も勢いや熱気がある国だろう。

 元々、マルサギルドという国は、"マルサ"という小国が商業組織体"ギルド"と結び、根を張りできた謂わば"複合同盟国家"なのだ。

 そもそもそんなマルサギルドが他の四ヶ国と同等の国として数えられ認められているのは闇の商人たちの働きによるものが大きい。 簡潔に言えば、"武器商人"たちだ。彼らが国外の紛争などに介入し、戦争を煽り利益を得る。そうやって、国益を稼ぎ、現在各国の保有金の中でもマルサギルドは群を抜いてのトップである。

 では何故、どの国もマルサギルドを攻めないのか?という疑問だ。自らの国に関しても最も見返りの多い国であるはずなのに…… その理由は大きく分けて二つあると言われている。

 一つはマルサギルドの軍事力だ。 百連騎士団と呼ばれる彼の国軍は質より量の言葉どおりどの国よりも人数が多い。

 その上、マルサギルドの軍団の武器はどこの国の兵器類よりも格段に整えられている。さらに"城塞都"とも呼ばれる王都に至っては"攻略不可"との呼び声さえある。 だが、ただ兵の数が多く、城が強固なだけではマルサギルドを侵略できないとはほかの国々も思わないだろう……

 それはつまり、"マルサギルド"という国を本当の意味で守っているもう一つの力がどれだけ強大かというのを示しているに他ならない。 そう、他国がマルサギルドを攻めない最大の理由は……マルサギルドが誇る"影"の勢力、"ギルド"が持つ『最凶』の兵団"王影兵団"の存在である 彼ら"王影兵団"は正式には騎士ではなく言うなれば逸れ者たちの集団……国や制度などに馴染めなかった者たちをギルドが"雇う"という形で作り上げた"寄集め"傭兵団なのだ。

 しかし、そんな寄集めの集団ならば、容易く瓦解するものだ……が、彼らには"王影双騎"という、絶対的なカリスマを持った二人の傭兵が存在し、寄集めの軍を指揮・統括している。それもあってか、ここ近年の彼らの戦い方に変化が表れまるで一流の騎士団のような戦法をとったり、またあるときは賊のような荒っぽい戦法をとったりと多種多様・変幻自在に操るようになっているのだ。 それはまさに"脅威"と言えるべき存在にまで成長しており、そのため他国も簡単にマルサギルド侵略に踏み出せないのである。

 現状、我等が彼の王影兵団と戦ったとしたらおそらくは五分もしくはやや劣勢であろう。 あの聖皇騎士団でさえ決して容易くはない、と俺は思っている……まあ、彼らの精確な実力・能力を知らないので確定ではないだろうが…… おっと、ついつい長々く考えていたようだ……本題の方に集中しないとな ……と思った矢先に嫌な奴の発言――

「でもさ~、結局どうします? 僕としてはこの書面に従ってもいいような気がするんですが」

 ざわっ……

 僅かだが何人かの騎士長たちが怒気の篭った視線を彼に送っている…… その視線を向けられている彼……第一部隊副長ダイン=レオナルド ラウーナでも確固たる名門レオナルド家の次男坊、で、非戦闘主義者である……らしい 非戦闘主義者と言えば聞こえはいいが、要約すればただの臆病者にそう相違はないだろう "口先だけの嫌味な奴"……それが俺の中での彼の認識だ

 とてもじゃないが、今回のような国同士の戦闘で戦えるような逸材ではない、が名門の七光りで第一部隊副長などという役職を与えられているのが下手に始末に悪い 器でないものが発言権を持つ上にある程度の指揮権を持ってしまうのだから……

「なんだね、カリス隊長? 僕に何か意見でもあるのか」

 ほら来た、分かりきっていた奴の反応にもはや呆れ返るばかりだ 何故かは知らないが彼は俺をとても毛嫌いしている……まあ、おそらくは俺が没落家系なのに彼より上の地位にいることが気に入らないといったところだろう

 まったくもって器の小さいことこの上ない、本当の意味で隊長格の器ではないな と、俺が思っていると無視されたと思われたのか……

「なにかね、副隊長の言葉など聞こえないとでも言いたいのかね? まったくこの前までは意見さえできない立場だったくせにまったく――」

 ああ、もう本当にウザイな……仕方ない相手をするとしようか……

「ああ、すまないなダイン殿少し考え事をしていたのだ、決して無視していたわけではない、が気分を害してしまったのであれば詫びることにしよう」

「なっ、『詫びることにしよう』だと!?貴様、何様のつもりだ、この僕の上にでもたったつもりか!!」

 つもりも何も、少なくとも騎士団の中では俺はお前より上の地位にいるはずだが……と言いたかったが"家"のこともあるためここは押さえておくとするか……

「それはすまないことをした、いや、少し貴殿の軽はずみな発言に苛立ってたものだからな……」

 そう言い放ち軽く彼を睨み付けてやる……

「くっ……」

 ほら、簡単に黙らせることができる……まったくもって小心者が……