紅の詩

第Ⅰ節-夢と悪夢-

2/現実-セカイ-

 目覚めは少なくとも"心地よい朝"と言えるようなものではなかった。 見た夢の内容が内容なだけに……何とも言いがたい気持ちを引きずっている

「アレが、現実に起こると思うと死にたくなるな……」

 正直、口に出してみたのは失敗だ。余計に気持ちがブルーを超えてダークになる…… それにしても、何であんな夢を見たんだろうか?もしかして、深層意識の中にあんな願望が――

「……ありえないな」

 現実だって捨てたもんじゃない。そりゃ、辛い事や哀しい事が多く溢れているのも事実だ。 けれど、それに勝るぐらい楽しい事や幸せな事だってある。と思う…… 大きな声でいえないところがまた現実の悲しい所でもあるんだと、心の中で囁いておくとしよう

「っと、そんな悠長にしてる時間ないんだった…!」

 今日は騎士長会議があるんだ、遅れると何言われるか分かったモンじゃない 僕……もとい、俺は最近、騎士団長の更に一ランク上の地位とされる四天王の一角となった とは言っても、正式には第二部隊長なのだが……それでも異例の出世?といってもいいだろう。なんせ、つい此間まで一兵士だったんだから…… 少し自分にとっての誇りでもあるので大声で叫びたいくらいだ。 っと、また話が逸れたな……それに時間も有限なんだ、急ぐとしよう。

 

「ふうっ……何とか遅れずに済んだようだな」

「おっ、カリス。やっと着たのか」

「ん?、ああ、フォルテさん、今日は早いんですね」

「ぬかせ。ワシはいつでも時間は厳守しとるわ!」

 この見るからに大男はフォルテ=アブディエルさん。ラウーナ神聖国、騎士団第三部隊副長だ。 ちなみにラウーナ神聖国とは俺達が暮らしている国のことで、宗教を中心とした非戦争国家である ―魔導滅戦―……今では御伽噺のようなあの悲劇を今でも伝え続けている唯一の国。 他の四ヶ国はすでにそんなことを知らない子供たちもいるであろうに…… 確かにあの話は違和感がないと言えば嘘になる。なぜなら、"魔法"というものが本当に存在していた事を今の時代、誰もが信じられないからである。

 今、どこの国にも少なからず機械文明がある、無論軍事に使えるようなほどの技術はないだろう。 けれど、人が"生きる"という、必要最低限の事柄に関して言えば十分な技術…… そんなものが発達している今、"魔法"なんてモノを信じろという方が馬鹿げている。だってそれは皆が見たことすらないのだから。 見たこともないものを「信じろ」と言われても誰が素直に信じ認めることが出来るだろうか……?

 しかし、このラウーナ神聖国は違った、この国では"魔法=危険な事柄"という方程式が"常識"として成り立っている 誰もが"魔法"というものを"当たり前モノ"として認識しているのだ。それはおそらくラウーナの宗教心に寄るものが大きいのだろう……"アーク=アガリアレプ"、今代の枢機卿もそうであるが、我らラウーナの実質権トップに立っているものはなんというか器が大きい。民衆の誰からも認められるカリスマ性を持ち、誰に対しても分け隔てなく付き合える順応性を持つとでも言えばいいのだろうか、とにかくそのトップの"言うこと=正しいこと"と言うのもすでに一般認識として"当たり前"なのである。宗教によって民衆が国を支え、国が民衆を支える国……

 それゆえ、我らの国は他の四ヶ国からこう言われている"宗教法国"と――

「それで、もう他の騎士長たちは集まっているんですか?」

「おお、そのことなんじゃが……今日の会議は場所を移して行うらしいぞ」

「会議室ではない場所での会議……ですか?」

「みたいじゃな、ワシも詳しくは聞いてないんじゃ」

「そうですか……それで、会議を移した場所とはどこなんですか?」

「それがのう――」

「中央教会よ」

「そうなんじゃよ、っと人の言葉をとるでないわ!アイギス」

「誰が言っても同じでしょ?」

「それはそうなんじゃが……」

 この冷たい棘を吐いた女性はアイギス=L=ガーネット。我らラウーナ神聖騎士団の実質トップに君臨する人だ。 実力は男顔負け、誰もがその実力は認めているのだが、やはり女性に負けるというのは男性として許せないことらしく風当たりは強い。 口を閉じていれば可愛い女性なのだが、口を開けはさっきのように男性と言うか他人の気持ちは二の次といった感じでこの微妙な空気を作り出してしまう。

 それでもまだ、俺やフォルテはマシなほうである、こうして話かけてくれることすら彼女にしてみれば珍しいことなのだから…… 多分だが、彼女の中では"話かけない者=自分にとって認める価値の無いモノ"なんだろうと思う……

「それにしても、何故、中央教会で?あそこは我々騎士長でも入るには許可が必要なはずでは」

「さあ、理由は知らないわ。私もさっき着て聞かされただけだもの……」

「何かよほど重要な会議になるんじゃろうかのう?」

「その考えが一番妥当なところね。聞いた話じゃ枢機卿も会議に加わるらしいわ」

「アーク枢機卿が!?」

「枢機卿が加わるとなると、コレは何か嫌な予感がしてたまらんのう……」

「ですね……」

 その予感は確実に的中していた……

 そう……このときから、すでに歯車は廻り始めていたのだ……

 もう誰も戻せないそんな歪んだ歯車が止まることを知らずに……刻々と……